かわいいひと 1 |
1 ピピ、ピピ、と軽めの電子音が早朝の部屋に響いた。 壁際に設置された木製のシングルベッドには大きなとうもろこしが一本。長く丸まった羽根布団から、金色の頭がちょこんと飛び出している。 目覚ましのベルにとうもろこしがモゾモゾと動くと、抱きこんだ布団から白い手を伸ばしてベッドサイドに置かれた時計を引き寄せた。 スヌーズに移行する前にベルを止め、うんざりとした顔で文字盤を見遣る少年。 見事な金髪は寝癖でぼさぼさでも、ぐるぐる眉毛は普段通りのサンジである。 「…もう朝かよ…」 はああ、と溜息をつきながらサンジはベッドから身を起こした。 時刻は5時30分。ほやほやの高校生サンジの起床はかなり早い。 片道20分の電車通学を差し引いてもこの時間になるのは、中学時代からの名残りである弁当作りと、掃除、洗濯の一切を朝に済ませてしまうためだ。 同居の叔父はレストラン経営に忙しい。 故に幼い頃から雑事の一切を引き受けてきたサンジであるので、このくらいの起床はなんでもないことなのだが。 (行きたくねェ〜) 心の中でぼやきながら洗面台に向かうのも毎朝のこととなった。 気持ちを切り替えようと「うしっ」と気合を入れてベッドから抜け出しつつ、枕元に投げ出された青少年御用達のヒミツ写真集にそっと目を落とし、 「う」 何故だかじわりと涙を浮かべるサンジである。 さてサンジ少年は大変に悩んでいた。 自慢の脚力をフルに活用して、金髪少年はチャリを漕ぎまくる。原チャリを追い越し車を追い越すそのスピードはハンパじゃない。 サンジの自宅から駅まではぶっ飛ばして4分30秒ジャスト。常人ならその3倍以上かかる距離を考えると、競輪選手並のぶっちぎりレコードである。 が、いかんせん到着してからのロスタイムが痛い。 この日も駅前駐輪場には既に大量の自転車が停められていて、サンジは電車に乗る前にまず自分の停車スペースを確保しなければならなかった。 二階建ての駐輪場はかなり大型で、当然出入り口に近い場所から埋まっていく。 早起きはすれど家を飛び出すのはいつも遅刻ギリギリの時刻になってしまうため、駅に到着してもベストポイントは当然空きがない。 仕方なく不満にうーうー唸りながらサンジは二階までスロープを使って自転車を押していくのだ。 果たして本日も最奥に停めるハメになった。 せめてあと15分早く家を出ればいいだけの話だが、そんなことをしたら『今日の占いカウントダウンHYPER』が観れなくなってしまう。 そういうわけで、いつでもギリギリサンジ君なのだ。 自転車の前輪を持ち上げて車輪止めに掛け、ダイアルチェーンをしっかりと巻きつける。 盗まれる心配など必要なさげなママチャリだが、駅前ほど盗難に遭い易い。 叔父の教育方針からほとんど小遣いの期待できないサンジはたとえ盗まれても買い替えなど出来ないし、クソジジイにおねだりするのも癪に障る。 4年使い続けて結構ガタがきてるっぽい自転車だが、使えるうちは大事にしているのだ。 さて次は電車とダッシュをかける瞬間に、今日も1台の自転車に目が行った。 (…まだ停まったまんまだ) その自転車はいつも同じ場所に駐輪されていた。 サンジが登校するためにチャリを停めるとき、下校するためにチャリを出すとき。いつでも必ずそこにある。 件の自転車はサンジが密かに憧れる、ビアンキの26インチストラーダ。 27段ギアのシティサイクルは軽くて加速も充分、お値段約13万の高級車で、宝くじが当たったらソッコー購入予定の一品である。 因みにサンジは宝くじを買っていない。 (いいよなーああいうの。にしても、なんで取りに来ねェんだろ。酔っ払って置き場所忘れたとか? それか、もしかして盗難品とか…パチったまんまで捨ててったんかな) 多少喧嘩ッ早いが人並みのモラルは持ち合わせているサンジなので、まさかパチろうなどとは考えないが、物欲旺盛なお年頃である。 ちょっといやかなり羨ましい。 (エグゼクティブな兄ちゃんとかが乗ってんだろうなー。あー出世してえ) バイトでも探すかなあ、なんて思いながら、今度こそ駅までダッシュした。 朝のラッシュというものは、恐ろしい。 通勤タイムとは少しばかりズレているがそれでも満員の電車に揺られ、最近寝不足気味のサンジは少々フラフラしながら学校へ駆け込む。 教室に到着するのはいつも朝のHR開始2分前。 担任のシャンクスはくだけた男ではあれど遅刻には煩い。 遅刻するくらいなら最初っから出るな、と笑いながら言うのだから良く解らない教師である。 全速力で走ってきたサンジはハァハァ息をつきながら机に突っ伏した。 「お前今日もギリギリだな〜。もうちょっと早起き出来ねぇの?」 「うるせえ…」 早速声を掛けてきたのは、隣の席のエース。 そばかすだらけの顔にいつでも満面の笑みを浮かべた、ちょっと軽薄そうな少年である。 「一週間遅れで入学しやがったくせに偉そうに」 「俺、新入生じゃねぇもん。キコクシジョだもーん」 ニヤニヤと嘯くその顔に(どーせ駅前留学だろ)とか思うサンジである。 真偽の程は定かでないが、エースは本来なら1級上の2年生という年齢らしい。 それが去年、夏に入る前に突然休校届けを出してあちこち海外を放浪していたという噂だ。 音信不通で戻ってきたのが先週―――4月、第3週。 真っ当な進級のためには当然出席日数が足りない。退学にならないだけ有難い彼は、サンジと同じドンケツクラスでもう一度最初っからやり直すハメになったというわけだ。 さて先週からクラスメイトとなったこの少年、何故かやたらとサンジに構う。 シャンクスに連れられて教室に入るなり教室を見渡し、サンジと目が合った瞬間に、 『アンタすげえ面白いその眉毛。お友達になってください』 とか言い出したときは取り合えずソッコー蹴り倒しておいたが、その後も平気で話しかけて来る度胸の良さ。 けれど強引に隣の席に割り込んできたエースは、いざ話してみれば話題も豊富だし、適度に不真面目で。 とにかく煩いほどのおしゃべりだが、空気を読むのが上手くて飽きさせない。 気づいてみれば他に知り合いもいないこの学校での初めての悪友、である。 いや知り合いはもう一人いるのだが。 そいつのことは考えたくもないので、ぽわんと頭に浮かんできた緑頭を無理矢理サンジは削除した。 「そういやあ」 しかし考えたくない時に限って話題に出るのも良くあることで。 わざとらしくも今思い出したかのようにエースが呟いた。 「サンジ、また来てたぜ剣豪」 「………」 「すげえよな毎朝〜。あれって愛?」 「…ほっとけよ…」 「なぁ、なんでお前アイツと顔合わせてやんねーの?」 (それ以上喋ったら殺す) 質問には答えず顔だけ向けてギリギリ睨みつけてやると、にぱあと笑って両手を振った。 同時に始業のチャイム。 ガラリと扉を開けて担任が入ってきて、委員長サンジはやる気なく起立の号令をかけた。 イヤイヤ入学した学校だったが、蓋を開けて見れば結構フツーに楽しい。 変わり者の担任からはそれなりに可愛がられてるし、変わり者の友人も出来た。 どの道おかしいのしか自分の周りにはいねェのか、と思いはするが、個性的な知り合いは退屈しないので有難い。 入学式以来上級生から呼び出しを喰らうこともない。 他のクラスメイトとも喧嘩するでもなく平和にやっている。 ただ。 剣豪とエースに言わしめたその男―――毎朝必ずサンジに会いに教室を訪れているというロロノア・ゾロ。 この男だけが、目下サンジの悩みの種なのである。 |
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(2003.03.14) |
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