かわいいひと 8







 やたらふわふわして、体が軽い。
ああ自分はいま夢の中なのだ、とサンジはすぐに解った。
 辺り一面がリアルじゃありえないピンク色に染まっているし、何もしていないのにひたすら気持ちがいい。
ゆらゆらゆらゆら、どこかの船上で穏やかな波に揺られているようだ。

(船…じゃねェよな、ここはどこだ?)
『俺の部屋だ』

 ぽつんと頭に湧いた疑問はすぐに答えとなって返された。
耳に心地のいい低い音は同じ学校の大嫌いな男のもので、

(でも声はそう悪くねェ)

サンジはにまんと頬を緩めた。
 合わせるように、体の上で密やかに笑われる気配。
うっすらとぼやけた視界へ緑色の短髪が浮かぶ。左耳から下がった三連ピアスがサンジの鼻にくっつきそうなくらい近くに、ゾロがいた。

(なんでてめェが)

 ゾロは答えず、黙ったまま耳元へ唇を寄せる。耳朶をぺろりと舌先で舐められてサンジはひゅっと身を竦めた。
 そこでようやく、剥き出しになった皮膚をあちこち撫で回されているのに気付く。

(道理で気持ちイイはずだ)

 肌を滑る手のひらは大きくて硬い。
ところどころゴツゴツと当たるのは、竹刀の振りすぎで出来たタコだろう。

(トロフィ増えた、っつってたもんな)

 リビングの壁際に慎ましく並んでいた、彼が出場した剣道大会の成果が脳裏に浮かぶ。
前に見かけたときは床に散乱していて全然有難みを感じなかったけれど、きちんと揃えてみればなかなかに壮観で、つい「凄ェな」と口を滑らせたら、ゾロは「たいしたこたねェ」と吐き捨てながらそっぽを向いた。
 あれは多分、照れ隠しという奴だ。

(カワイイとこあるよなてめェ)

 半年ぶりに覗いたゾロの私室は、引越しを疑ったほどキレイに片付いていた。
ビックリしたサンジに「ちっとは片付けないともう来ないって」なんて、言った本人はそれこそちっとも記憶にない会話を出され、面映く感じたサンジである。

(うん、やっぱカワイイわ)

 腕を伸ばして頭を撫でてやると、ゾロはすぐにサンジの手首を掴んで引き剥がし、今度は指先をしゃぶり始めた。

(あ、バカ、擽ってェって)
『気持ちイイの間違いだろ』
(そんなワケ…っ、あっ、止せ)

 指の股まで唾液でべとべとにされて気持ち悪いはずなのに、確かに違う意味でゾクゾクしていた。
 隙間なく舐められ、次に狙われたのは唇だ。かつて学校の裏庭で重ね合わせた時の感触を思い出し、サンジはぶるぶる首を振ってそれを避けた。

『なんでだ』
(なんでって、…なんでだ?)

 ゾロが登場する不本意な淫夢を見始めたのは、裏庭での激しいキスが切欠で―――

(ああでも、誤解だったんだよな。俺らはやらしいことなんか、なーんもしてなかった)
『そうだな』
(俺ァ自分がマジでホモになっちまったかと焦って、そんで夢ン中でお前がエッチなこと色々してくんのに、ぜってーイくもんか、それだけはダメだって)

 くすりとまた笑われた。

『こんなにしてんのに、イキたくねェのか』

 言葉と一緒に、萌しきった下半身をゆるく扱かれる。
ぬるついた感じがするのは漏らした先走りのせいだろう。

(あ、ウン、だからダメ…っふ、アッ)
『いいからイッちまえ。我慢できねェんだろ?』

 その通りだった。全身を撫でられたりピンポイントで舐められたりして、サンジはすっかり出来上がっている。
 思えば夢の中でまで意地を張っていたせいで、マトモな射精はとんとご無沙汰なのだ。
溜まりに溜まった欲求は出口を求めて熱を孕み、サンジの素直な性器は今にも破裂しそうだった。

(あ、や、ソコあんまグリグリしねェで、ちょっと、)

 サンジの状態にはお構いなしで、ゾロの愛撫は大胆になる一方だ。
きゅっと窄めた手の中ではサンジの大事なチンコがぐちゃぐちゃいやらしく擦りあげられている。
イヤだと告げてもゾロは強引に先を急ぐ。ダイレクトに伝わる刺激はこれまで見た夢のうちでも最大に気持ち良くて、サンジの頭の中は出すことで一杯になってしまった。

(あ、ゾロで、ゾロでイっちまう…!)

 今までずっと耐えてきたのに、誤解が解けて好意が増した途端に禁忌でなくなる―――そんなことがあるだろうか?
 夢ゾロは加減してくれないばかりか、悶えるサンジを見て楽しんでいるようだった。
 ドコに隠してたんだ、って位やらしい顔で、ガマンしすぎて半泣きになったサンジを食い入るように見つめている。
 視線の強さに目が開けていられない。全身が炎で炙られたように熱かった。
瞼を固く閉じて逃げても、指先の動きはちっとも止まってくれなくて、

(アッ、あ、出る、出、あふ、…くゥッ…!)

 出せ、と耳元で命令されてぶるっと震えた拍子に、限界が来た。
濡れそぼった先端はゾロにしっかり握られたままだ。
ぴくっぴくっと断続的に撃ち上げるたび小さく跳ねる。

(あ、あ、あ)

 久しぶりの絶頂は信じられない気持ちよさだった。
ショックでぽろっと零れた涙をゾロが唇で吸い取ってくれ、似合わぬ優しい仕草にまた涙が溢れた。

(どうしよう、俺、夢精しちまった)

 ジジイにバレたら笑われる、と勝手に口をついて出た泣き言をゾロは『でも気持ちよかっただろ』と笑い飛ばし、

『もっと気持ち良くしてやろうか』

なんてドキリとする台詞を吐く。
 どうやって? と訊ねる間もなく、サンジの出したものでびしょ濡れになった手がゆっくり後ろへ回されて―――

「…いっでぇぇぇぇぇぇぇ!」

ありえない場所へ突っ込まれた異物に、サンジの意識は一気に覚醒へと押しやられた。

「な、なんだこれ、ちょ、抜け!」
「うお、やっぱいきなりじゃきついか」

 局所へ走った痛みに暴れたい体を両腕ごと片手で軽く押さえ込まれ、必死で藻掻くのに中心でぐにぐに蠢く指先が気になって、碌に力が入らない。
 奥へ奥へと潜り込もうとする図々しい指は、サンジに馬乗りになってる男のものだ。

「…ゾロッ! てててめェ、何してくれやがる!?」
「あァ? 誘ってきたのはお前だろうが。今頃になって抵抗してんじゃねェぞ」

 悪漢そのものな台詞を大真面目で吐かれ、サンジはエッと硬直した。

「酔っ払ってマッパになって、俺の服も脱がせて? 『今日はやらしーことしねェんだな』って」
「!!!!!」
「期待に応えてこそ男だろうが」
「いや、俺はすっかり夢だと、ていうか期待してねェし!」
「嘘つけ。盛大に噴き上げやがって、どんだけ感じてんだ」

 腹部を指差されてそちらに目を遣れば、イヤになるほど見覚えのある白濁した液体が、サンジの腹筋を通り過ぎて胸元まで飛び散っている。

「―――ひ」
「うるせぇ」

 体を倒して覆い被さってきたゾロの唇が、悲鳴を上げかけたサンジのそれに噛み付いた。

「ム、ンむ」

 口を塞がれたサンジが涙目で抗議しているのにも係わらず慎ましい後孔では相変わらずゾロの指が遠慮会釈もなく暴れていて、更には分厚い舌まで差し込まれる。
 初回に感じたとおり彼の手管は巧みで、追い出そうと動くサンジの舌は逆に捕まって絡め取られた。

(な、慣れてやがるッ…!)

 サンジのためにお部屋をお掃除して半年待っていたというかわいいゾロは一体どこへ消え失せたんだろう。
なんていうかもう最低な気分なのに、舌先をじゅっと吸い上げられれば快楽に素直な体はあっさり蕩けかけてしまう。
 夢にみるほど焦がれた感触なのだから、当たり前だ。

「…ッぷは!」
「あんま広がんねェな…滑りが足りねェ」

 長く占拠したすえようやく唇を解放してくれたと思ったら、降りてきたのはそんな台詞だ。
情熱的なキスにうっかり腰が砕けかけていたサンジは愕然と目を見開いた。

(…突っ込むコトしか考えてねェ!)
「このクソやろ…え、何!」
「あー、使えンなこれ」

 怒り心頭でかまそうとした頭突きは、前触れもなくスムーズに動き始めた指によって出鼻を挫かれる。
 ヌルッと滑るその触感は、常に台所へ立つサンジにとってことさら馴染み深いものだ。
特に今夜のメニューはオイルパスタだったから、たっぷり使っても胸焼けしないようゾロの財布から大枚はたかせて一番高いのを購入し、アンティパストにも使ったし、ツマミがわりに作ったマッシュルームのオイル焼きにも沢山―――

「て、てめェまさか、大事な食材を」
「安心しろ。皿に残った奴から掬ってる」
「嬉しくねェよ畜生!」

ショックでうわーんと大泣きしそうなサンジだった。

(ごめんよ俺のマリアンナ…!)

 女性の名を冠したことでもお気に入り且つ高嶺の花なブランドへ心の中で詫びる。
 そんなサンジの懊悩に一切頓着せず、ゾロはオリーブオイルで動かしやすくなった指を2本、3本とどんどん追加して行く。
 誰かに突っ込まれることはもちろん、触らせたことすらなかった場所は、油が足されただけなのに不思議なくらいゾロの暴挙を許していた。
 ぐっすり寝入って夢の世界で遊んでいた泥酔者を一撃で起こしたほどの激痛はいつの間にか疼く程度のソレにかわり、やがてじわりと真逆の感覚をサンジへ齎す。

「あ、ああっ、あ、っひあ」

 内側にある、掠めるだけでビリビリする箇所を見つけたあとのゾロは、闇雲に広げることを止め、意図を持って執拗にそこばっかり攻めまくった。
 はしたない嬌声が次々に漏れるようになった頃、ようやくサンジを蹂躙しまくった指がちゅぽんと引き抜かれる。
 体中からすっかり力が抜けて、指先を動かすどころかマトモに息を吐くことすら出来なかった。

(なんてこった)

 慣れ親しんだ従業員のエロビは多岐に渡っており、所謂『ゼンリツセン』についても朧気ながら知識はあったサンジだ。
 きれいなお姉さんが指にゴムを嵌めてソコを弄っているのを見たときは(イヤありえねえから)なんてウゲーと舌を出したりした。わざわざ尻を使う変態を、汚ェ汚ェと嘲った。
 まさか、こんなに気持ちイイものだったなんて。

(世界には不思議がイッパイだぜ…)

 深い愉悦に思わず人体の神秘へと思いを馳せたサンジの頭部ネジは、緩いを通り越して抜けていたようである。

「うし、本番いくぞ」

 宣言されて両足を抱え上げられ、無防備な体の中心へ張り出した先端を宛がわれてもまだホワーッと浸っていた。













 だからゴーカンにはならないだろう、とはゾロの弁だ。
 再びの一夜が明け、しかし今回のサンジは黙って逃げたりせず、男らしく現実を受け入れた。
 というか無茶をさせられた腰が痛んで、逃げ出したくとも立ち上がることすら出来なかったというほうが正しい。
 甚だ不本意なのには変わりないのでベッドの中から爪先だけ出して、さくさく制服を身に着けている男の脹脛を蹴りつけている。

「死ねッ、死ね死ね死ねッ!」
「あーハイハイ。っつかしつけェな、ぎゅうぎゅう絞って離さなかったのはお前じゃなかったか?」
「あァ!? 二回も俺ン中にぶちまけといてその言種かよ!俺が名器の持ち主でなんか文句あんのか!?」
「ねェな」

 苦笑しつつ布団から飛び出した金髪に唇を落とした。
避けようともしないあたり、彼が絆されているのは明白だ。

「朝練あっからもう出るぞ。動けるようになったら来い」
「…朝飯はちゃんと食え…」

 置いてきぼりに不貞腐れた顔でそんなことを言う。

(ちょろい野郎だ)

 ついでに凶暴でアホで騙されやすくてお人好し。
やっぱりコイツは途轍もなく面白い、とゾロは思った。
 いや面白いというよりむしろ。

(なるほど、カワイイってなァこれか)

 寝ぼけたサンジがブツブツ寝言を言いながらゾロにしたのを真似て、真ん丸な頭の天辺を撫でてやる。
しかし相手は舐められたと思ったらしい。
 かわいいひとはキーッと動物みたいに歯を剥いた。






NEXT ACTION = "SOTODURA KING"


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 (2008.02.05)

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