かわいいひと 6 |
6 駅を中心に屯するのはお約束みたいなものだ。 お世辞にも都会とは呼べぬ小さな街なれど、駅前だけはそれなりに賑わっている。 学校帰り、また授業中に抜け出したりしたあと足は自然とそちらに向かう。大概は仲のいい連中と一緒で、だからだろうか、一人でいる時より気が大きくなるのが常だった。 箍が外れる、とでも言うか。 例えば普段なら…一人だったら出来ないような、つまらぬ悪さをしたくなったりする。 「どうよ外れっか?」 「任せとけ楽勝…って、かなりアホだぜこいつ」 「なに、なんかあった?」 「末番いっこずらしただけとかありえなくね?」 「そりゃアホだ。盗めって言ってるよーなモンじゃん」 「だよなーアホだよなー!」 1台の自転車を取り囲んでげらげらと笑うその数は7人。 着替えついでに駅のロッカーへ制服を仕舞いこんできたから全員が私服ではあるが、全て近場にある某高の生徒たちだ。 彼らが繁華街へまっすぐ遊びに行かず、近くの公共駐輪場へやって来たのは臨時の足を確保するためだった。 建物は広い二階建てになっており、停めやすい一階に比べると利用率が低く、余り人気がない二階の駐輪場が狙い目だ。 今日みたいにメンバーの誰かが歩きだった場合は、とりあえず適当なチャリをちょろまかして使うことにしていた。 ペンチで鍵を壊すなんて野暮な真似はしない。 仲間内には開錠のプロみたいなヤツがいて、こいつにかかればナンバー式ロックなんか掛かっていないも同じことなのだ。 指先に伝わる振動と細かな音を聞き分けて、あっという間に鍵を外してしまう。差込式のキーだって安全ピン一本あれば事足りるプロはだしの腕前だ。 今回狙った一台は鍵自体がチャチなため特に早かった。 窃盗を避け二重ロックにするこのご時勢、ダイヤル合わせのみで済ませるとは迂闊な人間もいたものである。 「いいチャリなのに勿体ねー」 「俺らが使い込んでやりゃいいだけじゃん」 「バーカ、あっという間に足がつくって!」 「シール剥がしちまえば?」 「―――シッ!」 一人が盗んだばかりの自転車に貼りついてる防犯登録シールを指差したところで、階下からカンカンと金物を叩いたような足音が響いてきた。 ラッシュアワーを迎え、自分たち以外には誰もいなかったこの場所へ誰かが上がってきているようだ。 「ヤバイ感じ?」 「いや…」 一斉に黙りこくってそちらへ視線をやると、ほどなく見えてきたのはきんきらきんなド金髪とどこぞの制服。 少なくとも口喧しい大人なんかではなさそうだ。 むしろ『同種』らしいと少年たちはほっと胸を撫で下ろす。 不意打ちで現れたこの相手、目つきからしてパンピーとは思えない。 顔立ちだけなら男にしては端整なほうだろう。 けれど長い前髪から片方だけ見える眉をぐっと中央へ寄せ、その下にある青い瞳を剣呑に眇めていては台無しだ。 固まって凝視している少年たちなぞまるきり無視で、制服のポケットに両手を差し込み、猫背かつ蟹股でドカドカことさら大きな足音を立てて駐輪場の奥を目指す。 その姿は彼らと同じイナカのチンピラそのものだった。 「…ビビらせやがって。ガキじゃねェか」 「つーかすんげーブリーチ」 「調子くれたいお年頃みたいな?」 細っこい後姿に向かいぼそぼそ揶揄まじりな呟きが漏れる。 でかい態度に反比例してひょろりと痩せた体に、日焼けしていない真っ白な肌。 与しやすしと判断した少年たちの顔が、新しい悪さを思いついて一様に禍々しい笑みを浮かべ始める。 不意の珍客は怪しげな集団に気付いているのかいないのか、やがて最奥から彼のものと思しき自転車を伴って戻ってきた。 「ぷっ」 すれ違いざまに噴出したのは誰だったか。 連鎖反応であちこちから嘲笑が沸いた。 場内での乗車を禁止した駐輪場でのルールに従いカラカラ自転車を押していた少年の足が、ぴたりと止まる。 「ちょ、マジありえねえよそれ!」 「ヤンキーが乗るもんじゃねェだろ」 「ていうかボロ!」 「坊ちゃんどうしたの、そんなにお金がないの?」 さっと取り囲むように円陣を組んだその中心にあるのは、言わずと知れたサンジのママチャリである。 サンジはちらりと周囲を睥睨した。 「急いでんだけど、どいてくんねェ?」 ハンドルを握ったまま肩を竦めて漏らした言葉にざわっと空気が変わる。 悪ふざけから、敵意を篭めたものへと。 「あァ? んだその口の利き方?」 「人にモノ聞かれたらちゃんと答えんのが筋だろ」 「調子こいてんじゃねェぞ」 「状況わかってんのかコラァ!」 「礼儀教えてやっから、こっちに―――」 ハンドルに伸ばされた手が、お約束の台詞を言い終わる前に掻き消えた。 「!?」 思わず息を呑む仲間の前で、自転車を奪おうとした少年の体が弾かれたように吹っ飛ぶ。 彼が飛んだ先の車止めに乗せられた自転車がガシャガシャと耳障りな音を立て、隣を巻き添えにして崩れた。 「汚ェ手で俺の愛車に触ってんじゃねェよ!」 大喝に「いやまだ触ってねえだろ…」と気の抜けたツッコミが入るも、気の短い少年は当然スルーだ。 問答無用で腹部に蹴りを入れられた被害者には一瞥もくれず立ち去ろうとしたサンジに、ハッと我に返った少年たちが気炎を上げて襲い掛かったのもまた当然のこと。 「この野郎ッ!」 すぐ近くにいた男が乱暴に掴み掛かってきたのを、上体をぐっと反らして往なし、バランスを取る所作で上げた右の爪先を相手の股間へ送り込む。 「…っ…」 男の弱点を攻められ悶絶しながら頽れるのを尻目に、サンジはハンドルに片手を預けて勢いをつけ、ひらりと自転車を飛び越えた。 反対側に降り立ち、痩身ならではの身軽さにぎょっと目を剥いた男へニイッと口角を上げてやる。 「悪ィが俺のブロンドは親譲りってヤツでね。てめェのプリンみてーな茶髪と一緒にしてんじゃねェぞクソが!」 「っく…がっ!」 啖呵と共に垂直に高く上げた踵を頭頂へ叩き込んだ。 よろりと白目を剥いて倒れた口角から唾液が細かな泡となって吹き零れるのを目にし、包囲網がじりじり後退していく。 ほぼ意識を失っている友人に駆け寄る人間は一人もいない。 あっという間に半数が片付けられた後とあっては、薄情になるのも仕方のないことだろう。 サンジはキックスタンドを下ろさず片手で支えたまま、安定感のないママチャリをぐらつかせてすらいないのだ。 「やべえよこいつフツーじゃねぇ…!」 「おっお前、そこまでやったら犯罪だぞ!」 後ずさりしながらの非難に、サンジは「あァ!?」とメンチを切った。 「どっちが犯罪だてめェらこそチャリ泥棒だろうが! 人がせっかく穏便に見逃してやろうとしたのをチャラにしたのもてめェらだよな?」 「ちげーよ! こりゃ俺の」 「ざけんなよ陰毛みてェな取れかけドレッドでオモテ歩ける貧乏臭ェ野郎がなんで12万8900円のビアンキ買えるってんだ! 27段変速だぞ!」 ギア数は関係なかったが言わずに居れないのがサンジだ。 ドレッドが背にしているのはサンジ憧れの高級車輌。 こんなチンケな不良ではなく、将来自分がなるみたいな、やり手でかっこいい青年紳士が乗るべき代物なのである。 言いがかりにもホドがある台詞なれど、サンジの軽業めいた猛攻を間近で見た彼らには十分効果的だ。 ついでにマニアックな指摘に思うところがあったらしい。 生存組は青い顔を見合わせてボソボソ内緒話を始め、やがて口角を引き攣らせてサンジに向き直り、 「なぁ、お前もしかしてこのチャリ気に入ったんじゃね」 「…あ?」 「良かったら譲るぜ? 俺らは別の選ぶから」 「………」 「急いでるんだろ、27段に乗ってけよ」 どうぞどうぞと差し出されたのは彼らの収穫である高級車だ。 「…本気でイイ度胸してんな…」 卑屈な愛想笑いを浮かべたニキビ面にほとほと呆れつつ、サンジもまた笑顔で応えた。 「今日はついてねェと思ってたが…」 剣呑さを取り去った満面の笑みは、一瞬で恐怖を払拭するほどきらきら輝いている。 その肌よりも真っ白な歯を見せた天使にくいっと指先で呼ばれ、迂闊な少年たちはふらふらと近づいて。 至近距離で見た青い瞳がことさら凶悪に据わっているのに気付いたときには―――全てが遅かった。 「多分、てめェらホドじゃねェな?」 これが後に『駅前駐輪場で悪さを働くと白い悪魔に襲われてツレがいなくなる』と語り継がれた都市伝説の、誕生した瞬間である。 しめて7人ばかりを瞬殺し、溜まったストレスを発散しまくったサンジの機嫌はお陰様ですっかり向上した。 「ったくよー、ケンカ売る前に相手を見ろってんだ。雑魚ばっかで準備体操にもなりゃしねェ」 言いつつも軽く暴れてかなりスッキリしているサンジだ。 甥の躾へ愛の鞭を多用した厳格な叔父は、同時に仁義を通す正義漢でもあった。ゼフの影響を受けまくった少年にとってカツアゲ窃盗集団リンチの類は天誅を下して然るべき悪行だ。 やりすぎは若さゆえの暴走である。 「さて」 死屍累々と横たわったうちの一人を爪先で小突きつつ辺りを見回せば、整然と並んでいたはずの駐輪場のあちらこちらで自転車が倒れまくっていて、サンジはむ、と唇を歪める。 しまった一人は残しとくんだった、と思っても後の祭り。 片付けさせようにも半ば八つ当たりで蹴り飛ばした連中はしばらく目覚めそうにない。 かといって放置するほどモラルに欠けてもいないのだ。 「しょうがねェなァ」 ぶつくさ言いつつも端っこから順番に起こして行く、どこまでもマメなサンジ少年なのだった。 「―――何やってんだお前」 働き者にお声がかかったのは、そんな時だ。 |
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(2008.02.05) |
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