かわいいひと 5 |
5 想像力に富んだサンジにとって、ロロノア・ゾロと迎えた朝は悲しいかなロスト(バック)ヴァージン記念日と認定されている。 しかししこたま酔っ払った上での一夜のアヤマチはカケラたりともそのキャパの少ないおつむには残っておらず、それ故にイヤな想像は膨らみまくっていくばかり。 いろいろ捏造しまくった結果として、サンジの脳内において同い年の緑アタマは、言葉責めやら鬼畜プレイを好むちょっとS気味なエロマシーン扱いとなっていた。 そんなエロマシーンにサンジは毎夜いやらしい事をされまくっている―――繰り返すが、その脳内で。 (だってぜんぜん痛くなかった…ってこたァ、認めたくねェが奴はかなりなテクニシャンってことだろ) それかチョー短小? と本人が聞いたら血管浮き上がらせて怒りだしそうなことを考えて、サンジは机にアタマを伏せてクヒヒ、と嘲笑った。 そしてはぁっとため息。 (アレが短小だったら俺ァどうなんだ) ロロノアのお宝は後朝の別れでばっちり目にしている。 悔しいことに、同い年なのに、ゾロのペニスはマニュアルにしばしば登場したプロ男優に比べても遜色のない傑物だった。 「………」 まさにどこに出しても恥ずかしくないご立派なご子息。 (…っつか、もし小指サイズだったとしても掘られたことには変わりねェし!) 崩れかけたプライドをサンジは考え方を変えることで救い上げた。 ダイジな初体験が男で、かつヤられる方。 こんな酷い話があっていいものだろうか。 しかも更についてないことに、好奇心旺盛なカラダは記憶から消えた初夜をなんとか追体験しようと、無意識に勝手な妄想を繰り広げはじめるのだ。 土壇場で我に返ってなんとか最後の一線を死守してはいるものの、このままではゾロでイくのも時間の問題だろう。 (…アイツが、あんなキスしやがったのが悪ィ) ゾロ絡みのエロ妄想が始まったのは、中庭でエロいキスをされてからだ。 初めて他人から与えられた性的な接触は膝が抜けるほど凄くて、キスだけでこれなら本番はもっと、と余計な知識をサンジに植えつけた。 気持ち悪くてイヤなだけの思い出を、気持ちイイ記憶に塗り替えてしまった。 サンジがゾロについて知っていることは数少ない。 知っているのはせいぜい剣道の腕が立つっぽいこと、ナミさんの従兄で一人暮らしで、どうやら童貞は捨ててるっぽいこと、家じゃ腹巻姿なこと、愛想なしかつ無表情がデフォルトで、だけどサンジの作った夕食を食べたときは、なんとなく嬉しそうだったこと。 (あんな風にメシを食う野郎は…悪いヤツじゃねェ) ケンカのやりかたもサンジの流儀に合う。 避け続ける相手をわざわざ追っかけてまで責任を取ろうとしているのも、対象が自分でさえなければ男らしく好感の持てる態度だ。 ナリユキでベッドインさえしてなかったら、同じ学校になったことだし、イイ友達になれていたかもしれない。 サンジがゾロを避ける理由はここにあった。ターゲットの情報が少ない現状ですらこうなのだ。 元より他人より惚れっぽい自覚はあるサンジだった。他人より流されやすいのにも自覚がある。 もしもっと深くゾロを知ってしまったら―――? (冗談じゃねェ!) サンジはぶんぶん頭を振った。勢いで額から流れた血が便所の壁にぱたぱたっと血痕を残す。 「うおやべ」 巻き取ったトイレットペーパーで汚れを適当に拭って、ついでに傷口も拭いた。 ちょっとズキズキするけど普段から流血沙汰はしょっちゅうなので、なんてことはない。 有り余る血の気を抜いたお陰か少しは冷静にもなれたし。 (肝心なほうは抜けてねェけどな) はははと自嘲気味に笑いつつ、赤く染まったペーパーを流して証拠を隠滅する。 それからサンジは洗面台で顔を洗い、乱れた頭髪をちゃちゃっと直して身だしなみを整えた。 鏡に向かって細い顎をしゃくると、最近になってようやくチクチクし始めたのが微かにだけど確認できる。 髪と同じ金色だからまだまだ目立たない。 剃らずに伸ばして今よりもっと男っぽく、カッコ良くなる予定だ。 「…そんで、可愛い彼女をゲットすんだ俺ァ」 キレイ系な彼氏なんか絶対にお断り。 正面から真顔で見返す自分にサンジはそう言い聞かせた。 真っ白い額のど真ん中に鎮座するキ○ィちゃんの絆創膏は、クラスメイトのビビがびっくり顔で貼り付けてくれたものだ。 ちょっと浮世離れしたところのある優しい美少女は、五時間目終了と同時に教室に戻ったサンジのおでこについた傷を目敏く見つけて「ばい菌が入ったら大変!」と小さなポーチからいそいそカットバンを取り出した。 (いい子だよなァ。カワイイし) 駅へと続く単調な道すがら、サンジはオデコのバッテンを触りながらニマニマ相好を崩した。 サボリの代償に課せられた放課後の居残りを終えたばかり、アルファベットが一杯出てくる数式を無理やり押し込めた脳味噌は喰らった2打撃以上にダメージを受けているが、浮かれた少年の足取りは常よりも軽やかだ。 (フリーだったら言うことねェんだけど…ま、贅沢は敵だ) クラス編成の後、サンジがいの一番にアタックしたのが彼女だった。 ゴメンナサイお付き合いしている人がいるから、とあっさり振られたけれど、お手つきコブつき関係なく、可愛い女子に優しくされるのはいつだって心が躍るサンジなのだ。 入学時に感じたとおり、この学校にはなかなかの美人が揃っている。 ビビはその筆頭だろう。水色ロングを頭のてっぺんでおだんごにして、背中にするりと垂らしたヘアスタイルは清楚かつ斬新で、後姿だけでサンジをノックアウトしてくれた。 いいとこのお嬢さんで頭もいい彼女は、入試において回答を一段ずつ書き間違えるというミスを犯し最下層であるF組生徒となったらしい。 きちんと書けてさえいたら間違いなくトップ入学、優等生が集められる特Aに振り分けられていたはず…というのは、雑用のゴホウビに担任から流してもらったマル秘情報だ。 そんな天然ぶりも愛おしい。しかし既にカップル成立しているオンナノコにコナをかけるほどサンジは見境なくはない。 あえて揉め事に首を突っ込まずとも、彼氏のいない子はわんさといる。 (同じクラスだったらあとバレンタインさんだろ。隣組のコニスちゃんに3年のたしぎ先輩、水泳部のケイミーちゃんもいいよなァ) わざわざ横恋慕する必要がどこにあるだろう。 素晴らしいことに生徒だけじゃなくて先生も粒揃いときた。 お肌すべすべお色気満点な保健室のアルビダ先生、クールビューティ世界史ロビン先生、日本語は不自由な英語担当のヒナ先生、進路指導の知的眼鏡カリファさん。より取り見取りの大盤振る舞いだ。 理由はさておき物心ついた時分からサンジはとにかく女好きだった。 女性はみんな、年齢に関係なくキレイでカワイイ。 見ているだけで幸せな気持ちになれる。ほんのちょっとでも好意を寄せて貰えたなら尚更だ。 贅沢は敵と自ら宣うだけあって安上がりな少年は、昼休みのショックも忘れてウキウキと家路を急ぐ。 帰宅部なサンジが夕暮れ時に町を歩くのは久しぶりだった。 授業が終わるなりトンボ帰りするのがいつものスケジュールで、普段この時間帯は台所に立っている。 高校に上がった記念として叔父から新たに下されたのは、夕飯作りという大役だった。 前述の通り、自営業な叔父との二人暮らしで掃除・洗濯は幼い頃からサンジの役割だった。 唯一の除外項目が料理全般だろう。 乱暴な性情ゆえ同年代の友人をあまり作らなかったサンジは学校が終わると用もないのにレストランに顔を出して、見よう見まねで手伝いながらヒマを潰していた。 従業員連中は変わり者な少年を面白がったか、邪険にもせず丁寧に仕事を教えてくれたと思う。 揃ってお人よしなコックたちは、褒められて調子付いたサンジが「おれもしょうらいはコックになる!」と鼻息を荒くするのを微笑ましく感じていた―――経営者であるゼフを除いて。 留守番の子供が火を扱うことの危険性を理解していた叔父は、サンジがどれだけ頼み込んでも勝手に台所を使うのを由としなかった。 一人きりで包丁に触れたのは九歳から、自由にガスを使えるようになったのは中学校に上がってから。 これじゃいつまで経っても上達しねェ、とせっかちなサンジは昼食代を浮かすのを理由に学食を使わず自分で作った弁当を持参したい、と願い出て、ひとまず自分の食べるものに関しては許されたけれど、 「てめェの実験に付き合わされてマズいものを食わされた方は堪ったもんじゃねェからな」 叔父に大笑されて煮え湯を飲んだのは3年も昔の話なのに、今でも記憶に新しい。 (まー今の俺は違うぜ) ゼフからはずっと素人の趣味扱いされてた自分の料理が、齢15にして初めて認められたのだ。 嬉しくないわけがなく、気合満点で臨む毎夜のレシピは自然と凝ったものになった。 レストランでの全ての業務が終わるのは深夜近く。 叔父は弟子たちが作るまかないには手をつけず、帰宅してからサンジの作った遅めの夕食を取る。 戦後の窮乏時を乗り越えた年代ゆえきっちり完食こそしてくれるものの、辛いとかしょっぱいとか火の通りが甘いとか、重箱の隅をつつくが如く耳に痛いことをズバズバ言われ、その都度、 (辛いのはむしろジジイの採点じゃねェか!) と思わないでもない甥っ子だが、ダメ出しされればされるだけ燃えるお手軽な性格だったので今のところ特に問題はない。 将来はそのレストランを乗っ取る予定のサンジにとっては毎日がテストみたいなものだった。たった二人分とはいえ手を抜くわけにはいかない。 原価はギリギリまで抑えて、新鮮で季節感があっておいしくて、見た目もバッチリな料理を作るために、放課後の全てを費やしている。 チラシ片手にスーパーの特売を狙い、買い物袋で山積になったママチャリで商店街を抜ける男子高校生は派手な外見にそぐわずかなり主婦っぽくて、八百屋の軒先で隣り合わせたおばちゃんから「遊びたい盛りに偉いね」なんて、些か見当違いな褒め方をされることもあった。 なんせサンジは一人での夕食作りを正しく楽しんでいる。 コドモの頃から厨房に出入りすることが遊びと同義だったくらいの、筋金入りの料理好き。 ゲーセンやらショップ巡りやらカラオケやら、一般で言う高校生らしい遊びに全く興味が無いわけではなく、単純に料理をしているほうが面白いのだった。 (今晩は何にすっか…セールは終わっちまってるよな) テンション浮き沈みの激しい少年は、額を撫でていた手首に浮かぶ文字盤へちらっと目を遣り嘆息した。 時刻は既に七時を回っている。 特に他の予定が入っているわけではないから料理にかける時間自体は余裕だ。 しかし特売タイムを逃したのは痛かった。 料理の出来だけでなく、師父の査定には月はじめに纏めて預る食費のコスト削減もしっかり含まれている。 (これもぜーんぶあのクソマリモ野郎のせいだ) 昼休みの出来事とそれに続くアレコレを思い出したサンジの顔は見る見るうちに凶悪になっていった。 ほんの今し方までへらーっと間抜けに顔面崩壊していた彼が、コレと同一人物だとは誰も気付けないに違いない。 不機嫌になったままドカドカ歩くうち駅へと到着すれば、運悪くリーマンの帰宅ラッシュにぶつかったようで、ホームはこれまで見たこともない大混雑だ。 呆気に取られる間もなくサンジはスーツ姿のおっさんたちと共に、乗車率二百パーセントな満員電車に押し込まれた。 むさ苦しい男どもに前後左右を挟まれ、もみくちゃになりながら最寄り駅に到着した頃にはサンジの気分は当然のごとくサイアクだ。 (マジついてねェな今日は…!) せめて早く家に帰ろうと半ば駆け足で駐輪場へ向かう。 サンジと『サンジよりついてない彼ら』が出会ったのは、つまりこういうタイミングだった。 |
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(2008.02.05) |
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