かわいいひと 4





 階段を上がっていく途中でチャイムが鳴り終わった。
5時限目はたしか数学―――担任のシャンクスの授業だ。
 数学ははっきり勉強嫌いのサンジも結構ラストまで付き合える数少ない科目のひとつである。
なんせ九九から教えてくれる。
 勿論いかなサンジとはいえ九九くらいはマスターしているが、以前授業でクラスメートがふざけて間違えたそれを、シャンクスはその日の授業丸ごと使って掛け算ついでに割り算に充てた。むちゃくちゃである。
 でもサンジはそんなシャンクスが好きだ。
自分らみたいなガキ相手にいっしょになって騒いでくれる教師なんてそこそこいやしない。
 数T自体はそこまで好きじゃないけれど、シャンクスの言葉や視線には人を惹きつける力がある。
 そんなわけで飽きっぽいサンジ少年もそれなりに楽しみな時間だったのだが。

(ダメだ今日は)

踊り場まで来た途端、足が止まった。

(こんなんで教室行けっか)

 体中から力が根こそぎ抜け落ちてしまっている。
期待が大きかった分、昼休みのロロノア遭遇はショックだった。

(おまけに)

『俺のもんになれ』

(………)

「っぐああああ!!」

 サンジはいきなり髪の毛をむしると、苛々する気分を全てぶつけるかのように踊り場の壁に思い切りケリを入れた。
 ミシ、とイヤなカンジの音を立てて白壁に足型とヒビが入る。
「あ」と呟いた少年は、慌てて前後左右に誰も人がいないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。
 あくまでも目立たずに高校生活三年間をクリアするという目標は、いまだサンジの胸の中にあるのだ。
たまに降りかかるアクシデントは火の粉を払っただけなのでバレなきゃいいだけの話とか思っている。

(…取りあえず、一服しよ…)

 結局5時限目を放棄することにしたサンジは、フラフラと学内のMY喫煙所である二階男子トイレに足を向けた。
 3つあるうち一番奥の個室は目下サンジのお気に入りの場所だ。
便器は洋式だし、壁と窓がいっしょになってるお陰で煙を外に逃がしやすい。
おまけに桜の枝が窓の高さまで伸びていて、内からも外からも隠れて見えないというベストポイント。
 サンジは5センチばかり窓を開けて、便座の蓋を降ろすとその上にどっかり腰を落とした。
胸の内ポケットを弄ってお気に入りの銘柄を取り出す。
 ソフトタイプの煙草は先ほどの軽い運動で被害にあったのか、端っこがちょっぴりへこんでいて、サンジは不満げにむにっと唇を突き出した。

(だからソフトは嫌なんだよなー。でもボックスじゃ外から目立っていけねェ)

 案の定中身までへたれている。
ちっと舌打ちしながらフィルター部分を爪の上でトントン叩いて葉っぱを寄せ、コンビニでカートンのオマケに貰ったライターでもって火をつけた。
 すうっと吸い込んで肺まで落としてゆっくり吐き出すと、なんだかちょっとだけむしゃくしゃしてたのがスッキリした―――齢15にして既にすっかりニコ中のサンジ少年ならではである。
 校庭ではどっかのクラスが体育の授業なんかやってて、開いた窓からはホイッスルの音やらナニが楽しいのかきゃあきゃあ騒ぐ女子の声やら聞こえてきて微笑ましいほどにのどかだった。
 勿論男子学生の野太い掛け声なんかはサンジの耳には入らない。

(早く水泳シーズンになんねェかなァ。―――なんで文部科学省はブルマ廃止しちまったんだ。使えねェ)

 スパスパ煙草をふかしながら、校庭の隅にある25メートルプールで泳ぐその時を想像して、へにゃっとサンジの頬が緩んだ。
 サンジの趣味から言わせて貰うとスクール水着ってのはいまいち色気が足りないが、それでも制服に比べたら露出が大きいことに変わりはない。

(アレはアレでイイんだよなーなんつうか健康的? たまに背中がクロスになってんのとかがやたら新鮮だったりして)

 なんてニマニマ。
ロクに女の子とデートしたこともない健全な男子高校生(童貞)には、スクール水着だって立派な妄想アイテムのひとつなのだ。
 そうこうするうちに。

(あ。なんかキた、かも)

 ぱっと眼を見開き、根元まで灰になりかけた煙草をぐりぐり壁に押し当てて火を消すと、サンジはそっと辺りの空気を伺った。
 そこは授業中とあって、校庭のざわめきを除けば、無人のトイレの中はしいんと静まり返っている。
 5秒ほどじっと固まったまま息を詰めて、それから徐に自分の制服のベルトを外した。
ジッパーも下ろして、ずりずり腰を動かして膝までズボンを下げる。

(やっぱトイレに来たからには)

便器の蓋はちょっと冷たくてひやりとしたけど、どうせスグに熱くなるのだ。

(ハイセツ行為のひとつは済まさねェと、便所の神様に怒られっちまうモンな)

 便所の神様が聞いたら怒りそうな事をサンジは思いながら、ゆっくりトランクスの上から自分のモノを撫でた。

(うお)

 ちょっと触れただけなのにかなりイイ感じに気持ちイイ。
小便するとき以外はいまだ本来の目的を果たしたことのないそれは、発達途上ながら感度がよろしくて、スクール水着の妄想だけで既に半分勃ちあがりかけている。
 しばらく下着の上から確認するように上下に擦って、完勃になったところでトランクスの中に片手を突っ込んでみた。
 熱を含んだそこは汗でしめって、やけに熱い。
己の熱にくらりとしながら(コレ履いて帰んだからパンツ汚すワケにはいかねェ)とサンジは思い切って全てを外気に晒してみる。
 窓から入ってくる風がひやりとソコを撫でて、先端がぶるっと震えた。









 自他共に認める超のつく女好きのサンジ少年であるが。
性の目覚めは多分、同い年の連中とくらべても結構早かったと思うのだが。
 それ以上に彼はある意味『夢見がちなロマンティスト』だった。
誰かとのセックスというのは恋愛のその先にこそあるもんだと、いまどきマジメに考えるような、それはもうピュアな男の子だ。
 風俗店のお姉さんが聞いたら「大人の事情ってもんも考えなさい」と鼻で笑われそうだが、そんなことはまだコドモなので考えない。
 いつかは自分にもたったひとりの素敵なレディがあらわれて、ハリケーンみたいに激しい恋に身も心も落ちると信じている。
 いわゆるそれは年頃の少女たちが夢想する「いつか王子様が」的な発想であったが、サンジには残念なことに潔癖さが少々足りなかった。

えっちなコト自体にはバリバリ興味があったのだ。

 小学生の終わりに初めて夢精してそれから後に自慰を覚えて、気がつけば右手左手を存分に活躍させて、射精する快感はタップリと体に染み付いている。
 妄想力だけは逞しいので、まだ触れたことのない柔らかな女の子の胸とか、見たことのない女性のあそこやら、そういうのをちょこっと想像しただけで可愛い息子がぴくんと反応してしまうほど性少年まっさかりだ。
 ついでに男らしいことに、マスターベーションくらい俺らの年なら当たり前、ヤりたい時がヤる時だと考えるサンジは時と場所を選ばない。
 流石に入学したてのこの学校の便所でヌくのは初めてだが、逆にこういった場所の方が気分が変わってイイかもしんねぇ、とサンジは僅かに頬を赤く染めながら思った。









「…んっ、…」

 左手で根元を押さえて、右手で棹を伸ばしながらゆるゆると扱く。
 固く眼を瞑って考えるのは、先ほど思い浮かべた水着姿の女の子のくびれて細い腰。それから少し上がって、スクール水着の胸元から覗く谷間。
 ダイナマイトバディなレディがサンジの前に座り込んで、そっとその小さな手をサンジの股間に伸ばしてきた。

『もうこんなにしてるの? 可愛い子』

ふふっと笑ってツン、とちょっと爪の長い指先ではじいちゃったりする。
 妄想どおりにサンジは自分の短く切りそろえた爪先で先端を弾いた。
ピリっと電流が走ったように快感が走って、サンジはひ、と息を呑む。

『嫌らしいのね…こんなにお漏らしして』

スクール水着着用のくせしてお姉さん口調なのは、やっぱりサンジの趣味である。
 お姉さんの指摘どおり先端からはたらりと粘っこいカウパーが溢れてきていて、サンジはそれを指先で掬って自分のモノに塗り伸ばした。
 これがあると手が滑ってコキやすい上に、ぬるぬるした感触がすごく悦かった。

『だって、気持ちイイから…ッあ、』

想像の中のお姉さんに言い訳するのがサンジは好きだ。
 言い訳するとお姉さんはお仕置きだと云ってハイヒールでサンジのチンコの先を擦ってくれたり、悪い子だと云って根元を縛ってくれたりするのでサンジは余計に気持ちよくなれる。
 高校一年生にしては少々アレなズリネタだが、ネタの仕入れ元が叔父の経営するレストランで働くコック達なので、少々マニアックなのは仕方ない。
 レストランの休憩室には常にそういったビデオやエロ本が放置されていて、サンジはそこから色んな知識を吸収して大きくなったのだ。

『どうされるのが好きなの』

水着の胸元はガパッとあいていて、見えそうで見えないカンジがまたソソる。
 お姉さんの細くて白い指がサンジの勃ち上がりきったソレにいやらしく絡みついて、上下に激しく動き始めた。
 勿論現実にサンジのペニスを一生懸命気持ちよくしているのはサンジ自身の細くて白い指先だ。
一番感じるところを何度も往復して、くちゃくちゃ音を立てながら射精を促している。

「っあ、そ、そこッ…く、口、で」

どうされるのが好きもサンジはまだ自分の指でしか絶頂を迎えたことがない。
 けれど休憩室のマニュアルのお陰で『お口でご奉仕』して貰えるようだってのは知っている。
そしてそうされた男が、どうしようもないくらい興奮するらしいってのも知っている。
 知らないのは実際の触覚だけだ。

(どんなんだろ…口で、ココ、しゃぶってもらうのって)

ひっきりなしに手を動かしながら、サンジは頭の端でぼんやりとそんなことを思った。

(多分、手でやったりすんのより)

ずっとイイ筈だ。
 妄想の中の女の子が、赤い舌をぺろりと出してサンジの股間に顔を近づけてきた。
小さなお口にぱくっと咥えられるところを想像して、右手の親指と人差し指でわっかを作り、唇の形っぽくしてぎゅっと握ってみる。
 そのままずりずり擦った。
気持ちいいけどなんだかやっぱり、

(ンなモンじゃねェよな…もっと熱くて、そんで)

不意に。
 入学式の日、噛み付くように重ねられた唇と無理矢理に絡められた舌を。
その部分に感じた。

(―――ンなッ…!)
『口開けろ童貞。入れらんねぇだろ』

あの日とんでもない至近距離で言われた言葉が脳裏に閃く。
 その瞬間サンジの頭に浮かんだのは、あの男の前に膝まづかされて剥きだしになった男のソレを咥えようとしている自分の姿。
 途端にきゅっとタマの奥のほうが痺れて、とんでもない快感がキた。

「…ッふ、あ、あ―――!」

出る、と思ったまさにその時。
 サンジは自分の根元をぎゅっと押さえ、白い額を思いっきりトイレの壁にぶち当てた。

「…ッだあああああああ痛ェ!」

ガツン! という物凄い音がして、サンジの黄色い頭を埋めたままピシ、と壁に亀裂が入った。
本日二度目の器物損壊である。

「…ま、間に…あった…」

衝突のショックからくらくらする額をガマン汁で汚れた手の平で押さえた。
 やたら濡れた感触からどーも流血したらしいことが解ったが、痛みのお陰で間一髪、下からの放出は収まったのでよしとする。
 ふーっ、ふーっと荒く息をつくサンジの股間はイキそこなってふるふると切なく震えている。
ばくばく脈打つ自分の鼓動がやかましかった。

(…まただ。なんでだ畜生)

 絶望感に打ちひしがれながらサンジは呆然と天を仰ぐ。
薄汚れた便所の天井がナサケナさを助長してなんだか涙が出そうだった。

(なんで…なんでアイツが出てくんだ…!)

 これでもう三週間、サンジはいちども絶頂を迎えていない。
イキそうになるたびに例のマリモ頭がドカン! と目の前に出てくるのだ。
 マリモ野郎は時に大胆にサンジを嬲り、時にエロくさい言葉を囁き時にとんでもない場所にとんでもないことをしたりして、サンジをえらく気持ち良くしてくれる。
 しかしまさか想像とはいえマリモでイクわけにはいかない。
サンジは出そうになるたび必死でそれを押さえ込んでいた。
 ギリギリでガマンして、萎えさせた後ほど空しくてスッキリしないことはない。
それがもう三週間。
健全な男子高校生、そろそろ限界が近づいている。

(俺…欲求不満で死ぬかも…)

 目下のサンジ少年が抱える一番の悩みとは、実はコレであった。



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 (2003.10.05)

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