HERO 2 |
2 玄関先にぼんやり突っ立って生欠伸を漏らしているゾロは明らかに睡眠が足りないようだ。 揶揄い交じりにまだ寝惚けてんのか?と問えば「なんか寝足りねぇ」と首を傾げる。 考えてみれば午前は比較的余裕のあるサンジと違って、接骨院に勤務するゾロは一般のサラリーマンと同じように朝の9時には働き始め、のみならずフレックスを活用してヨソの整形外科での時間外バイトもやっている。 生真面目なことに国家資格取得のためと、高い金を払って通信教育まで受けているとか言うし、こんなところで寝扱けるほどのんびりしているように見えて実際の彼はかなり忙しい人間なのではないだろうか。 そんなのを差し引いても、 (ムダに俺に構ってるヒマなんざねェだろうが) なんてサンジは思ってしまうのだが、当の本人は嬉しそうに足繁く通ってくるのが微妙なところ。 ゾロがこの家での様々な用事を終えるのは、早い晩でも丑三つ時を越えるころだ。 マッサージと食事だけにしてはちと多い滞在時間には、トーゼンのことながらゾロの饒舌なボティトーキングが含まれている。 ちょっと気分が盛り上がったりサンジの定休日に当たるような夜は、勢いのまま明け方までノンストップで抱き合ったりもするし、運動量の少ないサンジの方がクタクタになるまで付き合わされることだってしばしばで、世界制覇した男の体力を我が身でもって体感させられているのが現状。 (つーかホント元気だよな俺ら…) 付き合いきれねーよと思いつつ、伸びてくる腕を払ったことは一度もないのだが。 表と比べれば室内は暖かい。部屋中の電気をつけてから上着を脱ぎ、手早く鴨居から下がっていたハンガーへと移す。 「さて」とサンジは腕まくりして、まだ靴も脱いでいないゾロを促した。 「…オラぼさっとしてねェで入れよ。俺ァ忙しーんだ」 「?」 「てめェは奥でテレビでも観てろ。ベッドで寝なおしててもいいし。あ、もしかして腹減ってる?」 「晩メシなら食ったばっかだ。…忙しいなら出直すぞ」 ゾロにしてみれば気を利かせて言った台詞だったのだが口にした途端サンジはむっと眉根を寄せ、ゾロは慌てて「お邪魔します」と頭を下げる。 勝手知ったるなんとやらでそのまま真っ直ぐリビングに向かうゾロと入れ違うようにしてサンジはキッチンへと足を向け、入室するや否やぱしゃんと背後の襖を閉められてしまったゾロはぎょっと目を剥いた。 「おま―――」 「ちっと野暮用だから開けるなよ?てめェがいたら気が散る」 慌てて振り返り仔細を問おうとした言葉を襖越しにあっさりあしらわれ、不躾な態度に一瞬カチンと来たが、そこは惚れた弱味がある。 無言ですごすごと引き下がるしかなかった。 (なんなんだ一体) ロクに話もせず狭い4畳半に家主によって押し込められた形のゾロは、ハテ彼を怒らせるようなことでもしただろうか、と最近の行いを振り返ったがどうにも思いつかない。 仕方なく腰を下ろし、手持ち無沙汰に見慣れた室内をきょろきょろと見渡せば、テレビの上に置かれた小さな時計はまだ8時台を彷徨っている。 ゾロはそこで初めて、サンジがいつもより随分と早く帰宅したことに気が付いた。 (寝足りねェワケだ) ふむ、と納得しながら大きく伸びをする。 レストラン勤めであるサンジの帰宅は遅く、彼を待つ間の転寝はゾロにとっては貴重な睡眠時間となるわけだが、寝入ってすぐに帰ってきたならばそれも頷けた。 玄関と台所に続く襖の向こうではサンジがなにやらガタガタと喧しい音を立てていて、本人の告げた通りかなり『忙し』そうだ。 彼の都合も考えず押しかけている立場でしかないゾロだから、ちょっと帰りが早かったからといって「その分余計に構え」などと言うつもりはないし、曲がりなりにも客であるゾロをほったらかしていることだって平気だ。 ただちょっとばかり、何もすることがないゾロとしては少々居心地が悪いだけで。 密室なのが良くないのかもしれない。 彼は料理という行為をこよなく愛しているから、作業中はそれこそゾロに背中を向けたまま、完全放置する熱心さで格闘している。 しかしそんなサンジの後姿をじーっと見守るのはゾロの楽しみのひとつでもあるから、「出来上がるまでテレビでも観てろ」と渡されるリモコンは実はほとんど使用していなかったりするくらいだ。 今の状況をなんとなく『つまらない』と感じてしまうのは、彼の気配が襖越しにしか窺えないからだろう、ゾロはそう結論づけた。 (ありゃあ一見の価値があるからな) 若くしてレストランでも重要なポストを任されている(ストーブ前だとかブッシュだとか言われてもゾロにはサッパリ判別不能だ)らしいサンジの動きは武道の達人のように無駄がなく流麗で、美しい。 どうせならもっと近くでじっくり見学したいと思ったりもするのだが、ゾロの希望は 「悪戯されそーだからイヤだ」 とあっさり却下されて今に至る。 猫背気味なサンジが無防備に晒している白い項を眺めているだけで呆気なく催すゾロに対して、それは正しい判断ではあったのだが。 (うおやべえ) ちらっと思い浮かべただけで下半身に熱が集まり始めた。 見るだけに留まらずほぼ連夜に等しく彼の肌を堪能しているのに、ことサンジに関しては見境がなくなってしまうのは困りモノだ。 肉の薄い身体にかけている負担は想像することしか出来ないが、決して軽くはないだろうことを知っていながら、傍にあれがいればつい手を出してしまう。 終わった後はいつだってグッタリしている彼をお得意の指圧でリラックスさせてやるのは、半分以上申し訳なさからだ。 とは言え、このペースでの交わりに満足していると言い切れないのもまた事実。 明日も仕事だろうしとかこれ以上激しく突いたら流石に股関節が外れちまうかとか。 そーいう心配から自らに科したセーブを一切せず、欲に任せてもっと無茶苦茶なこともしてみたい。 (たとえば―――) ゾロは座ったままぴしっと背筋を伸ばして腕を組み、瞑想するように瞼を降ろした。 サンジが聞いたら顔を真っ赤にして怒り出しそうな脳内シミュレーションをしごく真面目腐った顔のまま始めた男は、確かにある意味では英雄と呼ぶに相応しい貫禄を持ち合わせていた…かもしれない。 勤め先はフレンチだが、料理一般であればなんでもこなすサンジだ。 何を出してもゾロは美味そうに食べてくれるけれど、舌に慣れているのはやはり今まで食べてきた味だろう―――そう考えて、メニューは和食を中心に組んでみた。 時間が深夜でさえなければ本格懐石にだってチャレンジしたいところだったが、折角の祝い膳が胃にもたれるようでは意味がない。 量は少なめ、でも種類は多く…できるだけ旬のものを使って、季節感のあるものを。 (イイ時期に生まれてくれたもんだ) 根菜は味に深みを増してるし、魚には程よく脂が乗っている。茸の類は言わずもがな。 時期外れであろうが傷みかけであろうが、どんな食材であっても美味く料理するのがコックの腕の見せ所であるとは言え、鮮度がいいのに越したことはない。 というわけで、サンジは本職の利をここぞとばかりに生かして、きっちり二人分だけの食材を調達しまくった。 ぶっちゃけ鮃のエンガワと鮪の中落ちは賄いで使う予定だったのを掠めてきたものだったりする。無駄を出すのは趣味じゃないし金もないのだ。 下拵えのほとんどは仕事に行く前に済ませていたから、あとは仕上げと、焼き物くらい。 煮汁につけたまま冷ましてじっくり出汁を沁みこませた鏑は、箸で摘めるのに口中ではほろりと崩れる絶妙の出来で、俺ってやっぱ天才じゃなかろうかとサンジを自画自賛させた。 冷たいままでいけるものはさっさと小鉢に盛ってラップをかける。温め直しが必要なものは小鍋に移して準備完了。 歯応えを出したい生野菜を調理しているうちに、短めの冊で用意した刺身魚は包丁を入れられる程度まで解凍が進んだ。 食後のデザートだけは洋風だが、誕生日にケーキがないのは締まらないからそこはゾロにも辛抱して頂こう。その代わり生クリームは甘さ控えめの大人向け、デコレーションは酸味の強い苺とキウイでさっぱり食べられるものに仕上げたし。 主賓がこんなに早く登場するとは思いも寄らなかったが、邪魔っけなゾロをリビングに押し込んだおかげでなんとか予定通りにコトを進められそうだ。 気合を入れすぎたせいで自宅キッチンはディナータイム以上の修羅場となった。 それを一人で乗り越えたサンジはこれ以上は乗り切らないほどの料理で埋め尽くされたテーブルを前に、ほっと息をつく。 あとはメインである、『本日の特選メニュー』の下拵えだけ。 がくっと頭が下がった拍子に目が覚めた。 いかんまた寝ちまってた、とゾロは固まりかけた首を左右に振って、しつこく追いかけてくる眠気を振り払う。 愉しい妄想に耽っているうちまたしても寝てしまったらしい。 先ほどまで8と9の間くらいだった時計の短針は既に10時を僅かばかり越していた。同時にやけに部屋がしん、としているのに違和感を覚える。 意識があるうちは隣でガタガタやっていたサンジの気配が、いつの間にやらすっかり消えているような。 「?」 不思議に思ったゾロはのそりと立ち上がり、そーっと襖を開けてみた。 ヘタしたら短気な青年から怒鳴られるかと思ったが、予想に反して咎める声は飛んでこなかった。 「うお!」 そこで主のかわりに待ち受けていたのは、やり掛けでも十分豪華だと解る料理の数々で、ゾロは何事が起こったのかと目をぱちくりしてしまう。 「なんだこりゃ、自主トレってやつかよ?」 サンジは確か洋食屋(正確にはフレンチレストランなのだがゾロには以下略)でコックをしているはずだが、並んだ料理はどことなく郷愁を感じさせるものばかり。 さては普段店で作れないものを練習中するための早上がりか、とゾロは勝手に理解して、恋人の勤勉さに感心したが。 「肝心のあいつはどこ行ったんだ」 あんまり美味そうで見ていたら何やら小腹が空いてきてゾロは困った。 他に来客がありそーな時間帯でもないし、一人で食べるにはこの量は多すぎる。 恐らくはモニターとして自分に食わせてくれるつもりなんだろうが、ツマミ食いでもしたら完璧主義者なサンジは間違いなく怒るだろう。 (風呂にでも入ってんのか) それはちょっとした思いつきだったが、思ったそのままに何気なくゾロは脱衣所へと足を向けた。 サンジはのぼせ易いくせに長風呂だ。 付き合い始める前に整体師として告げたアドバイスに従ってくれるのはいいが、湯あたりしかけるくらいまでガマンするきらいがある。 (だからこりゃ別に覗きじゃねぇ) さり気無く自分に言い訳してるあたり下心もモロバレだったが、案の定分厚い扉の向こうで何やらうーうー唸っている声が聞こえて、ゾロは半ば呆れながらドアを開けた。 「おいあんま長湯すっと―――サンジ!?」 「!」 2オクターブくらい裏返った我ながらビックリするくらい素っ頓狂な声が出たから、中にいたサンジはさぞかし驚いたことだろう、とゾロはアタマの端っこで思ったが驚愕の度合いでいったらゾロのほうが遥かに上だ。 出しっぱなしのシャワーからもうもうと上がる白煙に包まれて、体中に真っ白な泡をくっつけた恋人が、真っ赤な顔でゾロを見つめている。 「………」 「…悪ィ…」 それだけをようよう喉の奥から搾り出してゾロは何事もなかったかのようにパタンとドアを閉めた。 同時に中から「ギャー!」と聞くに堪えない悲鳴が上がったがそれはゾロのせいではない。 ゾロだってまさか、サンジが。 素っ裸のまんま四つんばいで自らの後孔にその指を差し込んでるなんて―――想像もしていなかったのだ。 |
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(2005/11/27) |
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