HERO 4





 ごん、とフローリングに後頭部をぶつける鈍い音がしたが、痛覚に対しかなり鈍いゾロにはなんてことはなかった。
 それより問題は。

(どうしたってんだ)

 図々しくも腹の上に馬乗りになった恋人は、何をしているワケでもないのに息が荒い。切羽詰りまくってます、みたいな顔で真上からゾロを見下ろしている。
 ちらりと、

(抜きそこなって興奮してんのか?)

と思ったが、それにしては艶っぽい感じがない。
 その気になったときのサンジは見てるだけで射精しそうになるくらいの色香を放つのだ。
だとするとこれはやはり、

「―――怒ってんのか?」

ストレートな指摘が気に障ったかとアタリをつけて問えば、すかさず「当たり前だ」と返ってくる。

「来る日も来る日も飽きもせず突っ込まれてるお陰で、こっちはケツの穴の乾くヒマもねェってんだよ!それを何だ、物足りないだと?むしろ余ってるんだっつーの!てめェのせいでマス掻く余裕もありゃしねェっつーの!」
「…そりゃ悪かった」
「俺だってなァ、たまにゃあセックスなしで静かに休みてェ夜があんだよ。いつだっててめェが好き勝手に弄繰りまわして、なし崩しにエロい気分にさせてんじゃねーか!ヒトを淫乱呼ばわりするのも大概に」
「や、ソコまでは言っ」
「黙ってろヨクしてやっから!」
「!」

 鼓膜が傷ついたんじゃないかって大音量で一喝されたゾロは耳を押さえてしまったせいで反応が遅れた。
腹部に感じていた圧力がずるりと滑り落ちて、股の間にサンジが居座ったことを告げる。
 この格好はいつもと逆だな、とのんびり思ったゾロのベルトを、グル眉を吊り上げたサンジが乱暴に外しにかかった。

「うお」

 積極的な行動に目を剥いたゾロには構わず勝手にファスナーを降ろし内側へ白い手を滑らせようとするが、腰で引っ掛かったジーンズが邪魔をして上手くいかない。
 むうっと唇を尖らせた青年に苦笑しながら軽く腰を浮かしてやったら、

「てめェ動くなよ!俺が全部やってやんだから!」
「脱げねェと話にな…痛ェ!」

ゾロの気遣いはより彼の気分を害したらしく、下着の上からぎゅううっと半勃ちくらいのソレを握りこまれた。
 どれだけ鍛えているとはいえ局部への攻撃はゾロにだって有効だ。
ちょっぴり涙目で何しやがる、と歯を剥いたら、俯いたサンジが股間を鼻先が引っ付きそうな至近距離で眺めていてうっと息を飲む。
 まるで今すぐ、断崖絶壁から飛び込みますよ〜といわんばかりの決死の表情だ。

「…だから、どうしたってんだ」

 キレたサンジが時に思いも寄らぬ行動に出る性質なのは、何度か彼を怒らせてアパートを蹴り出されたゾロには身に染みて解っている。
 そうしたときの原因がほぼ自分にあることも解っているし、不興を長引かせるのは得策でないとも知っているゾロは、ひとまず彼を刺激しないように遠慮しいしいなネコナデ声を出した。
 しかしサンジはゾロの問いには答えずに、すりすりと自分が痛めつけたばかりの部分をイイコイイコしながら、視線を合わさず逆に問いかけてくる。

「てめェこそなんで勃起しかけてんだ」
「………」
「まだなーんにもやってねェってのに、俺といるだけで勃っちまうって、そらどーなんだよ」
「………」

ていうかあんなもん見せられたらそら勃つだろう、とゾロは思ったが、柔らかく触れるサンジの指先がうっかり気持ちよかったので黙った。












 ゾロ以外は女も男も知らないサンジである。
セックスに消極的とまでは言わないが積極的だとも言い難く、彼が嫌がる前に強引に盛り上げてその気にさせてきたゾロとしては、サンジの真意はともかく歓迎すべき状況だ。

「潰されかけたってのに萎えもしねェでやんの…」

 この発言には流石に(潰す気だったのか!)と心中で青ざめたゾロだったが。
反り返ったカタチを確かめるように撫でていた手が下着にかかり、ゆっくり恐々と降ろしていく。
 全て露にしたところでサンジは小さくふっと溜息を零し、期待ですっかり屹立したものにかかった吐息は、ぬるい刺激となってゾロの腰をむずむずさせた。
 長めなペニスにつーっと指をつたわせて、サンジがにやんと笑う。

「野郎に突っ込むにゃあちと勿体ねェ、ご大層なシロモンだ」
「あぁ?」

 彼の言葉はどことなく卑屈な響きを漂わせていて、ゾロは眉を顰めて聞き咎めたが、当の本人はご大層なシロモノに向かって訥々と喋り続けた。

「お姉さまたちをひーひー泣かせてナンボだろーが。俺なんかに使われてどーすんだよ、おい」

 カリの際あたりを親指で嬲られ、ぶるんと先端が震える。
微妙な接触はそれなりの快感をゾロに与えたが、発言の内容は聞き捨てならぬ。
 上半身を軽く起こして不服の意を表すと、サンジはゾロの陰茎に手を添えたまま顔を上げ、きっちり視線を合わせた。
 赤黒い自分のソレと、その向こうに見える、風呂上りだからだろうか、白い顔の中でほんの少しだけ上気した頬とのコントラストはなんとも卑猥で、生唾を飲み込むのを堪えてゾロは声を出す。

「なんかってなァどういう意味だ。―――今日のお前、ちとおかしいぞ」
「おかしいなァてめェだろ」
「アァ?」
「メンドくせえとか思わねェの?思うだろフツー!一本からじわじわ三本でそんで特大でしかもマグロだぞ!?」
「サッパリ意味が解らん」
「………」

 またしてもぎゅううとソコに力を篭められてゾロはぐっと顎を引いた。文字通り急所を握られているとはこのことか。

「俺はいつだって、ぜーんぶてめェにシて貰ってばっかりで。だけど今日くれェは自分で、ちゃんとって」
「?」
「でもよう、頑張ったんだけど入れるだけがせーいっぱいだった。指のいっぽんもマトモに動かせなくてさ、とてもじゃねェケド自分で拡げるとか無理っぽくて」
「さっきのアレは、それか」

うん、と金髪頭が小さく縦に振られた。

「んで、てめェは毎回、ンなしち面倒臭ェことやってまでなんで俺と、って考えたら、なんかこう―――」

 ちょこっとピンク、だった頬っぺたは茹で蛸みたいに赤くなっている。
面倒どころかサンジを弄るのは病みつきになるほど楽しくて仕方のないゾロだったがそれを言うのも憚られる雰囲気だ。
 反論は控えることにして、大人しく彼の言葉に耳を傾けた。

「もしかして俺って、めちゃくちゃ愛されてる?みたいな」

 へへ、と照れ臭そうに笑う顔は色気とは程遠いが、ゾロの心臓を撃ち抜くには充分すぎる。
連鎖的にむらむらっと来て(うし今すぐ犯そう)と思った矢先、

「でも、だったら余計、俺が負けるワケにゃいかねェだろ」

 こちとら7年越しなんだぜ?と小さく端っこを上げた唇がぱかっと開いて、ぱくっと先っちょを咥えられた。












 実を言えば、意識してソレを間近で見たのは今夜が初めてだった。
何しろフと気付いたら雪崩れ込んでてフと気付いたら剥かれててフと気付いたら指やらコレやら突っ込まれてて、後はもう喘がされるのがデフォルトなセックスしかしていない。
 形だけならサンジだって似たようなものを所持してはいるが、どうにもいびつだし見て楽しいとはお世辞にも言えぬ。
 おまけに色やサイズからしたら、ゾロの分身はサンジの愛息に輪をかけてグロテスクだ。
秋も終わりだってのに褐色によく焼けた肌に、髪の毛よりも濃い緑の下生え。その繁みからぬっと突き出したペニスは彼の身体を覆う筋肉そのものみたいにがっちりと固い。
 長い棹には太い血管がびきびき浮いていて、尖った部分との段差が影を作っている。
およそ男であれば羨ましがる特長を備えたソレはしかし、愛でるとなると話は別だ。
 それなのに、

(やべェ、なんだこれ)

 口内に含むことに関しての躊躇いは最初から無かった。ほんの少し、気恥ずかしかっただけで。
ゾロが自分にしてくれるように『頑張って』ご奉仕してやろうと思っていたサンジはけれど、施す立場にいてさえ興奮し始めている自分に気付いて心底から動揺した。
 はじめに舌先でつついた場所からじわりと溢れた体液は、これまで一度も味わったことのないものだ。
しょっぱくて、でも仄かに甘い―――そう感じただけで、何故か体が内側からカーッと熱くなった。
 頭の中がごちゃごちゃになって、どうしていいか解らずにとにかく夢中でそそり立った肉塊にしゃぶりつく。
鈴口から少しずつ漏れる、自分の唾液と交じり合った甘露を飲みこんでも嫌悪感は湧かなかった。
 どころか自分の行為によって出たものを摂取できることに倒錯めいた悦びすら覚えるのだ。
 口の中に入りきらない部分を指を使って扱けば、分厚い皮に覆われた芯がごりごりとした弾力を返してくるのが堪らない。
 サンジは先端を思うさま愛してから、少しずつ唇を下方へと滑らせた。
ちゅっちゅっと啄ばむようなキスを落とすたびに、ひく、と陰身が揺れる。
 上体を起こしたゾロが、そろりとサンジの髪に手を伸ばした。

「ン、」

 ちらりと目をやれば、どこか困ったような顔をしたゾロが、乱れて落ちた前髪を耳の後ろに流すように緩やかに撫でてくれる。
 幼子をあやすような仕草だが、時おり指に力が入るのは気持ちいいところを責められている証拠だろう。
 余裕っぽい態度なのに、ゾロの呼吸はサンジよりずっと荒い―――それが嬉しくて、もっと気持ちよくなって欲しくて、柔らかい唇が痺れて痛くなるほど激しく上下にスライドさせた。
 こうして直に触れれば、恋人のソレがいかに長大かよく解る。
これがいつも根元まで全て己の体内に収まるのだと思ったら、指を挿し込んでもなんの快感も得られなかった部分がきゅうっと物足りなげに蠢いた。

(やべェよ、俺、これじゃまるきり変態じゃねェか)

 ゾロがぱんぱんに膨れ上がってるみたいに、サンジだってとっくに勃起してしまっている。自らの唾液でてらてらと黒光りしているペニスに貫かれることを想像しただけで射精してしまいそうなほど、盛り上がっているのだ。
 そうやって舌と指での愛撫を続けていたら、これ以上は大きくならないだろうと思われたゾロ自身が、サンジの口の中でいきなりまた成長した。

「―――ッおい、離せ、もう、」

 頭の上でゾロの焦ったような声が聞こえたが無視して、逃げかける腰を両手で押さえ、咥えきれるギリギリの深さまで招きいれた。
 優しく撫でてくれていたゾロの指が乱暴にサンジの髪に絡んで、きつく引っ張られる。

「…っ、く!」

 やがて辛抱の限界が来たらしい。欲求に従って精嚢から撃ち出されたものが、熱い奔流となって青年の口内へと断続的に吐き出された。

「む、んン、」

 喉の奥へ叩きつけられたものに咽かけるのを必死で堪えて、サンジはその全てを飲み下した。
こくり、と嚥下するのに合わせて、思い出したようにゾロが身を離す。
 肩で息をしながら股間に顔を伏せたままのサンジを抱き起こして、薄っすら汗をかいた額に張り付いた金糸を掻きあげながら、困惑した顔で尋ねた。

「あー、…飲んじまったのか?」
「口ン中が苦くてイガイガして、めっちゃヤな感じだ」
「あ、当たり前だアホ!」
「でも嬉しい」
「…っ…」

 サンジは何だか焦点がズレたみたいにぽやんとした頭で、

(色黒なヤローが赤面すっとこんな色になるのか)

とトリビアにもならないアホな知識を得た。
 ついでにうっかり失念していたことを思い出し、えいやっとゾロの身体を押しのけてテレビの上に目を走らせ、はーっと長く息をつく。

「どうした?気持ち悪くなったか?」
「いんや」

 いきなりの剣幕に慌てて顔を覗き込んできた恋人に、にかっと笑って。

「―――誕生日おめでとう、ゾロ」

 小さな時計の針が、あんぐりと口をあけたゾロの後ろで長短をぴったり重ね合わせていた。

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 (2005.12.08)

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