骨まで愛して 2





 カルテの通り、サンジの体は著しく歪んでいた。
半年通ってこれなのだから、通院当初はさぞかしひどい状態だったに違いない。

(右側部がかなり下がってるし、肩甲骨の張り出し具合も違う)

 骨格自体はしっかりしているが左右のバランスが悪すぎる。
ゾロは横たわったままのサンジの全身を上から眺めながらそう診断した。

「足、ちょっと引かせてもらいます」
「ん」

 長引く腰痛の原因は筋肉の硬直だけでなく、股関節にあることが多い。
股関節はあらゆる方向に動かせる全動関節ではあるが、同時に痛みを感じないため異常が起きても自覚症状が見られない。影響は大腿骨、骨盤部位、それから背骨へと及び骨格を歪ませ、やがて痛みとなって現れるのだ。

(ただの筋肉痛じゃねぇだろうなこりゃ。どんだけズレてんだ)

 ゾロはサンジの両足の長さを比較するため、彼の真っ直ぐすらりと伸びた足に手を伸ばした。
揃えられた両足首に手を添え、

(―――細ぇ…!)

 ゾロの手はかなり大きいほうだが、ぎゅっと掴んでみたらそれでも第二関節までが余る細さだ。

(こんなんで良く体を支えてられるな)

 半ば感心しながらじろじろと全身を眺めたゾロの視界には形のよいきゅっと上がった双丘が。

(ケツもかなり小せぇ。…あんなんで野郎のチンコ咥えこめんのか)

 想像した途端、手のひらにじんわりと汗が滲んでいくのが解る。
たかが、男の足首に触れただけで。
 どうもあの噂話にペースを崩されているようだ。こんなことではイカンとゾロは自戒した。
 気を取り直して、僅かに持ち上げた両足を軽く引く。踵を合わせてみたら思ったとおり右側が少々短い。

(伸ばさねぇと話にならねぇな。角度から言ったら大腿骨…)

 右足の踵を下から掴み、左手で膝を支えて力を込めて引く。
「うあ」と小さく患者が呻いて思わず手を離しそうになるのを気力で堪えた。
 ぐいぐい引っ張るのがいささか乱暴になったのはゾロのせいではない。







 それからの時間は、まさに天国と地獄を行ったりきたりのゾロである。

「お仕事は、立ち仕事ですか」
「んーそんなかんじ…」
「腰と右肩にかなり負担がかかっているようですが」
「まァな。腰はトーゼンだし、俺のはいわゆる黄金の右手ってやつ?テクと愛がなきゃ続かねェ位キツイ仕事だけどよ、あ、もちっと右」
「………」
「ハリキリすぎてオーバーワークっつの?病院通いするハメになっちまったけど、好きだから辞めらんねェなァ」
「―――ここらあたり、随分と固い」
「…ふあ!あ、痛ててて、ヤメ、そこ痛ェ」
「痛いところが悪いところです」
「センセーは皆そういうよな…っあ、ダメ気持ちイッ…」
「こちらは?」
「あ、あ、そっちも…ん、ア、」

 一通りの触診で患部の状態を掴んだゾロは、次いでお定まりのマッサージに取り掛かった。
手慣れた作業だ。
 骨格標本の通りに並んだそれぞれの骨の位置をずれた箇所だけ少しずつ矯正しながら、筋肉の収縮した部分を重点的に手のひら全体で伸ばすように揉み解していくそれを、こんなに辛い作業だと感じたことはない。
 サンジはいわゆる『お喋りな患者』であるらしかった。
仕事だからと仕方なく話しかけるゾロの言葉は機械的に過ぎたが、つまらぬ世間話に相槌を打ち、時に悪しざまに罵り、時に声を上げて笑う。
 ゾロが実際に現場に入ってからまだ4年と少しだが、こんな患者は今までいなかった。
 自慢にはならないがゾロは話下手だし、それが必要だと解ってはいるものの作り笑顔は苦手だ。
 ましてや元より強面で、柔道で鍛えた体躯は相手を怯ませこそすれ親しみを覚えてもらえるものではなかった。
 稀にゾロを見て不遇に終わった柔道選手を思い出す者もいたが、興味津々といった顔でじろじろと不躾に眺められた覚えしかない。

(面白ぇ男だ)

 そしてゾロが患者にこんな感慨を―――他人に興味を持つこと自体が珍しいのだ。
こんな場所で出会ったのでなかったら、いい友人になれたかも、とすら思う。
 なんてフレンドリーに考える反面。
ツボを押すたびに上げるサンジの掠れた嬌声や、とんでもない台詞(EX.『スゲエイイ』『もっと強く』『こんなの初めて』etc.)、強めに押すとそこだけ赤く色づくすべすべの肌、そんなのが全部。
 どうしようもなくゾロを刺激しまくっていた。

(…早ぇとこ終わらせちまおう)

 力を持ち始めた股間がズキズキする。
煩悩を祓うため左右にぶんぶん頭を振ってから、くびれたウェストにぺたりと両手を這わせたところで、

「あ。ちっと待った」
「?」

 不意にサンジが小さな頭を上げてゾロを振り返り、ゾロはぴたりと電池の切れた人形のように動きを止めた。

(俺ぁ別にそんなつもりじゃ、イヤそんなつもりってなんだよ!)

 なんて胸中で自分にツッコミを入れる整体師の目前で、患者はいきなりその身を反転させ、寝っ転がったまま腰を浮かせて白い指先を自らのベルトに掛ける。

(!?)

 仰天して眺めるしかないゾロの正面でかちゃかちゃと音を立てながら前を寛げると、黒い下着の半分までを晒した姿で「ハイどーぞ」と再びうつぶせになった。

「この間のセンセーが、邪魔だから外しとけっつったんだ」
(誰だンな余計なこと吹き込んだのは!)

今ので完璧に、―――勃った。

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 (2004/09/03)

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