骨まで愛して 3





 かなりコリの酷い体だから、体重を掛けながらでないと指圧はしにくいだろう。
場所が場所だけにベルトの金具が腹に食い込みでもすれば、患者はそれだけで大袈裟に痛がるものだし。
 だからその、前の先生とやらがこの患者に勧めたのは正しいことではあるわけだ。
わけなのだが。

(誘ってやがんのかよ…)

まさか目の前で二度目の疑似ストリップを喰らうとは思ってもみなかった。
 額に浮かぶ青筋はもう2本や3本ではきかない数に増えている。
ただでさえ温厚とは言いがたい顔面は既に修羅の域に到達した。もしもここが小児科外来だったら「ママあのおじちゃん怖い」と泣き叫ぶ子供たちできっと大騒ぎになったことだろう。
 幸いなのはそんなゾロの表情が、うつ伏せて呑気にマグロと化しているサンジには見えない位置にあるということか。

「ん、んん、っは、う、あ」
「………」

 マグロというには余りにもアレな反応を返してはいるのだが。
とにかくどこか押すたびに遠慮も杓子もなく悩ましい声を上げるのだから、すっかり臨戦態勢に陥ったゾロには溜まったもんじゃないのだ。
 ただのマッサージでこうなのだから、行為中はさぞかし―――なんて考え、ついでにゾロはサンジを組み敷いて腰を動かしまくる自分まで想像してしまう。
 上だけなんてセコいこと言わず、今すぐ一糸纏わぬ姿にしてしまいたい。
細い肢体を組み敷いて、この敏感な男をもっとイイ声で鳴かせたい。
あちこち弄って蕩けさせ、猛りきった己が象徴をぶち込んで、思うさま貪り尽くしたい。
 本能は既にそうしろとゾロに激しく命令しているのだが、

(いやいや患者だ患者しかも野郎だ。俺ぁそこまでカンタンじゃねぇ)

プッツリ行きかけるたびになけなしの理性が働いて、不埒な動きをしそうになる指を押さえる。
 そうした葛藤にゾロは持てる精神力の全てを駆使して立ち向い、

「―――お疲れ様でした…」
「あ、終わり?ご苦労さん。なんかカラダが軽くなったぜ」
(…俺はすげぇ重い)

 上体を起こしてシャツを手にした青年から、ずっしり力を持ったままの股間を巧妙に隠しながらゾロはそう思った。
 時間にして恐らく40分足らず。
サンジにとっては天国、ゾロにとっては拷問のようなひと時が過ぎ、なんとか定められた手順通りの施術をやり終えたゾロは、いつしかかつて臨んだ世界大会の決勝戦を思い出していた。
 格上だと言われていた男から渾身の背負いで一本奪った時と同等の満足感が、まったりとゾロを包み込む。

(しんどい戦いだったが俺は勝った…!)

なんて勝利の余韻に浸りつつ、ゾロははーっと肩の力を抜いた。
 運悪くトンデモナイのに当たってしまったが、所詮自分はただの代勤だ。サンジがこの整形外科を訪れるのは確か決まって月曜日だと聞いている。

(その日にバイト入れさえしなきゃ二度と会うこともねぇだろうし、)

 際どい窮地を何度も迎えながらもなんとか淫乱患者の誘惑を乗り切った自分を褒めてやりながら、ゾロは手早く施術室を片付け始めた。
 ラッキーなことにそろそろ診療時間も終わるから、ゾロの施療は恐らくこの男が最後だ。

(さっさと家に帰って一杯引っ掛けよう)

こんな日は祝杯を上げるに限ると、ほっと一息ついたのが災いした。

「あ、温湿布が出るはずですから、忘れずに受付で処方箋を貰っ」

 さんざん翻弄されたことも忘れうっかり診察台に目を遣ってしまったゾロは、なにやら思いつめた顔つきのサンジが身支度を調えもせずにじっと自分を見上げていたのにあんぐりと口を開けた。
 これまで彼が見せてきた不躾で挑戦的な表情はすっかり鳴りを潜め、秀麗な面は今にも泣き出しそうに歪んでいて、まるで迷子になった子供のようにしおらしい。
 ゾロの胸の奥がざわざわと蠢く。
これ以上この男を見てはダメだと思うのに、ゆっくり開く薄い唇から視線を逸らせない。

「随分と冷静じゃねェか」
「…?」
「センセイは、さ。―――俺をこのまま帰しちまっていいの」
「ッ!?」

 発言の意図を掴みかねて眉を寄せたゾロに、サンジはくっと目を細めて自嘲的に嗤い、それから真っ直ぐにゾロを見据えた。
 それぞれの思いを込めた視線が絡む。

「解ってんだろ?俺がどういう人間だか。センセイ、俺を見た途端めっちゃ固くなったもん」
「………」

 いやまぁ触ってからなんだが、と思ったがそんな言い訳は通用しないだろう。
一言も発せずただ呆然と立ち竦むゾロの耳に、

「なのに何にも言ってくれねェから…俺、もう…」

どうしたらいいか判んねェ、と消え入りそうに呟く声が届いた。
 その姿はどこか儚げで、今すぐにでも抱きしめてやりたい衝動がゾロの中に沸き起こる。

(なんつう顔見せやがる…ッ)

 真っ青な瞳がこころもち潤み、硬く握られた拳にはよほど力が入っているのだろう、ふるふると小さく震えていた。
 縋り付く視線とまるでゾロに助けを求めるような仕草は、男の庇護欲と征服欲を否が応でも盛り上げる。

(さっきまでと偉ぇ違いじゃねぇかよオイ)

 誘惑というにはあまりにも無垢なその姿。
ころころと印象を変えるサンジ。しかし「それがてめェの手管か」と笑い飛ばせるほど…ゾロも出来た人間ではなかったようだ。

「生殺しだぜ。こんなの…我慢できねェよ…ッ」
「―――そりゃ俺の台詞だ!」

 振り絞るような声に返されたのは、ずっと黙りこくっていた整体師が突然上げた怒声だ。
驚いてびくりと身をすくめた青年に、堪忍袋の緒をぶっちぎってしまった男は乱暴に覆いかぶさった。
 こうして『そんな気もなかった整体師が片っ端から落ちる伝説の淫乱』に。
先例に漏れずものの見事に落っこちたゾロである。

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 (2004/09/05)

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