コックさん 7





 優勝賞品として与えられた祭り会場で使える当日限定のオカイモノ券と両手に抱えきれないほどの紙袋一杯の林檎。
それらを抱えて悠々と舞台袖に降りてきたサンジを待ち構えていたのは、可愛くてダイナマイツな航海士とクールビューティでスレンダーな考古学者、麦わらの船長にトナカイ医師、そして無愛想な腹巻剣士。留守番の狙撃手を除くG・M号メンバー勢ぞろいである。
 ムサい男共は取り敢えずシカトして、サンジはいつもの如く女性陣に愛想をふりまいた。

「んナミっさ〜ん!ロビンちゃ〜ん!俺の勇姿見ててくれたァ〜ッ」
「ご苦労様、サンジ君!ちょっとカッコ良かったわよ?」
「ええ、面白かったわ」

えへへ〜と嬉しげに痩身をくねらせてしまりなく笑うラブコックに、トナカイ姿のままのチョッパーが素直に賞賛の言葉を述べ、

「なぁなぁサンジ、いつもはあんな風に剥かないだろ?なんでだ?」
「ハハ、あんな剥き方してたら鮮度が落ちちまうじゃねェか。どうせなら美味く食ってやんなきゃ林檎さまに失礼だろ。―――アァ、もっかい見たいのか?」

こくこくと首を縦に振るトナカイの頭を軽く撫でてやりながら、「気が向いたらなー」とサンジは微笑んだ。

「俺はどんなでも美味いと思うぞ!なぁサンジ、肉剥いてくれ肉!」
「こらクソゴム、テメェはただ肉が食いたいだけじゃねェか!」

両手を塞がれたサンジの腰に纏わりつくゴム船長を細い足で追いやっていると、微笑ましげにそんな光景を眺めていた航海士が「じゃあそろそろ」と声を掛ける。

「賞品も無事ゲットしたことだし、買出し済ませて船に帰りましょうか?」
「はァいナミさんv待っててね〜今コレ脱いじゃうから」
「ちょい待ち!」
「ん?」

林檎の入った袋をチョッパーの背に預け、いそいそシェフコートを外そうとしたサンジを慌ててナミが止めた。

「ダメよ着てなきゃ!さっきのでサンジ君の好感度ぐっと上がってるんだから。ふ、うふ、ウフフッ、値切るチャンスだわ…ッ!」

そう宣う航海士の微笑は遠巻きに見つめる島民にはちょっと不気味っぽく映ったらしいが、G・M号の面々は慣れていたので軽くスルー。司会役の女性にコートの貸し出しを頼み快諾を得ると、ナミは勢いよく両手を天に突き上げて宣言する。
 その手にはいつのまにかサンジが持っていた筈のオカイモノ券が。

「さーあ気合入れて使うわようー!」

所有権は速やかに移動したらしい。








 ナミの言ったとおり、白いコートを身に纏ったサンジがテントに連なる様々な店舗を覗き込んだだけで、どこの店も諸手を上げて大歓迎してくれた。
 それはサンジの神業に驚嘆したという理由だけでなく、どうやらサンジが舞台でぺしゃんこにしたセイユというコック、狭い島でも余程の嫌われ者だったらしい。
 賞品のオカイモノ券を使いかつ売値の三分の一程度で食料品やら民芸品をしこたま買えるチャンスとあって、無駄金を払うことが大嫌いな金庫番もちやほやされまくりのコックさんもついでに屋台でツマミ食いしまくりの船長も、それはもう上機嫌でうきうきあちこち飛び回った。
 あっという間にひとつの山となった戦利品をナミが満足げに眺める。
それほど物資が不足していたわけではないが、底なし胃袋を持つ船長の率いる船だ。
 件のオカイモノ券のおかげでタダで手に入るとあらば、多少買い置きが増えても喜びこそすれ困ることはない。
 必要なものも不必要なものもあらかた買い終えたクルーはひとまず休憩とばかりに会場の隅に移動した。

「後はお酒が欲しいトコだけど…酒屋の出店なんてあるわけないか」
「奥のほうにヤキトリ屋さんがあったわ。あそこで手に入るんじゃなくて?」
「おお!美味かったぞヤキトリ!」
「そうだな、持ち帰りで樽ごとってのもいいかもしんねェ。予算的にはまだ余裕ある?ナミさん」
「タ、タイム〜…」

掠れ気味の声に一同が注目した先では大荷物の間から長い首だけを伸ばしたチョッパーがイヤなカンジの汗を浮かべていた。調子に乗って担がせすぎたようである。
 その姿にぷっと吹き出したサンジは、むうっと頬を膨らませるチョッパーの頭をぽんぽんと叩いてやる。

「悪ィ悪ィ、流石に乗せ過ぎたな。…おいクソゴム、手伝え」
「おう!」

バランスが取れずに足元をぐらぐら揺らすトナカイがひっくり返る直前に、ロビンが地面から腕を咲かせて支えた。体勢が整った隙に適当に荷を降ろしてやると、チョッパーはあからさまにホッとした顔を見せる。
 降ろした荷物はそのままルフィが背負うことになり、屈みこんだ船長の小さな背中にサンジはロープで無理矢理括りつけた。
空いた両手に持たせないのはひとえに、この大食漢の目に入る場所に食材を置けば、船に辿りつくまでにあらかた無くなるのが目に見えているからだ。
 それにしてもな大荷物である。このまま二人を引き摺るのもちょいと気の毒だと考えたサンジは、

「よし、後は俺一人でなんとかすらァ。―――おいルフィ、レディたちをちゃんと船までエスコートするんだぜ?」

と残りの買出しを請け負うが、有能な金庫番は即座に首を左右に振ってみせた。

「オカイモノ券まだまだ余りまくってるの。これ全部使い切るとなるとかなりな量になっちゃうし、コンテストでお疲れのサンジ君ひとりに樽担がせるのもナンだし…というわけで」

くるりと背後に向き直ったナミは、一歩下がってそんなやり取りを興味なさ気に見遣っていた剣士に声を掛ける。

「ゾロ、アンタサンジ君と一緒にお酒買ってらっしゃい」
「おう」
「ハ、ハァ?んな、俺一人で充分だって。…つうかテメェ素直に頷いてんじゃねェよ!」

そこで、―――舞台を降りてから初めてサンジがゾロの顔を見た。
 実は今の今まであからさまにゾロに対して無視を貫いていた青年である。微妙に視線を逸らされてもしかしゾロは顔色ひとつ変えなかった。
 二人の間に流れるうすら寒い空気にはお構いナシに、ナミはウェストポーチから残りのオカイモノ券の束を取り出すと、さっさとゾロの右手に握らせた。

「この際だから少々イイお酒買っても文句言わないわ。でも1ベリーでも残したりオーバーしたりしたらぶっ飛ばすわよ?計算が難しかったらちゃんとサンジ君に相談して」

大雑把な金の使い方しかしたことのないゾロにはかなり無茶な要求であったが、それが無茶かどうかも剣士には判別し難かったので取り合えずコクリと頷いておく。
 ゾロは腹巻の間にオカイモノ券を仕舞い込むと、不満丸出しといった表情を浮かべるサンジに、

「行くぞ」
「お、おう」

短く言い捨てるなり踵を返しさっさと人の溢れる市場に戻る。
 勢いにつられたコックさんは慌てて追いかけるハメになった。








 目の前を行く剣士は、一度もサンジを振り返ることなくずんずん先を進んで行く。

(クソマリモ野郎)

無言で進むその後姿を、サンジは不可解な気持ちで眺めていた。
 髪の色など千差万別だが、ゾロの若草色の髪の毛は良くも悪くも目立つ色彩で、どんなに混雑していようともはぐれる心配はない。

(何のつもりだ。さっきは、俺から逃げやがったくせに)

朝食での一件はまだサンジの中では消化しきれていない。それ以前にゾロに対してどういう態度を取っていいのか、サンジはまだ迷ったままだ。
 鬱々とした気分でいたら、突然目の前の剣士が立ち止まった。気もそぞろで歩いていたサンジは当然それに気付かず、ガゴン!とゾロの後頭部にしこたま自分の額をぶつけてしまう。
 その石頭ぶりに目から火花を散らしたサンジは思わず額を押さえその場に蹲った。後頭部に軽い衝撃を感じて振り返ったゾロは、へたりこむサンジに眉を顰める。

「んだクソコック。往来に座り込むヤツがあるか」
「…ッ…テメェのせいだろうが!急に止まってんじゃねェ!」

いわば不意打ちの攻撃にくらくらする頭で横柄な態度の男を見上げるが、相手は何故かきょろきょろ辺りを見回していた。
 訝しげにその様子を見守っていたサンジだったが、その時はじめて自分たちが祭り会場から大きくハズれていることに気がつく。先行くゾロに気を取られて、彼の悪癖をスッカリ失念していたのは迂闊である。
 ゾロは首を捻りながらサンジに問いかけた。

「おい、ヤキトリ屋ってのはどこだ」
「解って歩いてたんじゃねェのかよ」
「………」
「また迷子か。いー加減にしろテメェ」
「ッだぁっ!」

ゾロの脛を起き上がりざまのサンジが思い切り蹴り飛ばした。
 広場を横断していた筈の二人なのに、気付けばいつの間にやら人気もない住宅街である。ただ真っ直ぐ歩いてきただけなのにどうしてこんな場所にいるのかサンジは不思議でしょうがない。

「何しやがるこの凶暴コック!」
「解んねェ癖に大威張りで先歩いてんじゃねェよ。ここのドコに露店があんだ百歩譲って酒屋もねェだろオラ」
「ねェな」

あっさり返されたのに呆れ「テメェいっぺん死ね」と回れ右したサンジの肩を、がっしとゾロが掴んだ。

「丁度いい、話がある」
「俺にはねェよ。…触るな」

振り返りもせずに背中で拒絶するサンジの耳に、ゾロが微かについた溜息の音が聞こえる。
 二人して立ち竦んだまま何秒かが過ぎ、諦めた剣士が口を開いた。

「悪かった」
「!」

その言葉にサンジは思わず息を呑む。
 聞き慣れぬゾロの発言に、どうやら朝食をすっぽかした事を詫びてるらしいと理解するまでにかなり時間がかかった。

「ビビってるお前に苛ついて、ガキみてェな真似曝した。すまねぇ」
「…俺が、ビビってる、だと?」
「違わねェだろ」
「………」

違う、と言いたかったがサンジは声を出せなかった。口を開いたら、とんでもないことになりそうな予感がした。







「クソコック」

「俺ァ、欲しいもんはどうやってでも手に入れる」

「だけど」

「それがお前を変えちまうんなら、もういい」

「お前が俺のコトを嫌ってんのは良く解った」

「だが」

「二度と、俺のメシを他の誰かに喰わすな」







瞼を閉じてサンジは深呼吸する。

(ああもう、どうしてこいつは)

ゾロの目の前で、形の良い金色の頭が動いた。
 ゆっくりとサンジは振り返り、乱暴に己の肩に乗せられた大きな手の平を払う。
切れ長の瞳が正面に立つ男を睨みつけた。

「マリモの分際で勝手なコトばかりほざきやがって…」

あからさまな敵意を込めて己を見据えるサンジの強い蒼眼。場所柄も弁えずゾロは一瞬で目を奪われる。

(こいつのこの顔―――久しぶりだな)

感慨深くそう思っていたら、白い手にシャツの襟元を両手でぐいっと引っ張られた。
 殴られとくかと覚悟して顔面に力を入れた途端、唇にあたたかな感触。

「―――!」
「ざまあみろ」

目を点にしたゾロに、唇を合わせたままのサンジがニヤリと笑った。

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