コックさん　8

８ 「黙って聞いてりゃ偉そうに能書き垂れやがって。誰がテメェなんかにビビってんだオイ」 そのままトン、と肩を押されてゾロはのけぞった。不意打ちの出来事にまばたきもせずサンジを凝視する。 「―――お前」 「教えろクソマリモ」 どういうつもりだ、と問い質すつもりだったが先に問いかけたのはサンジの方だった。 「なんで俺はテメェにこんなクソ気持ち悪ィ真似してんだ」 「…アァ？」 憮然とした顔で胸ポケットから煙草を取り出し火をつけるのを、ゾロは呆気に取られて眺める。 「ご存知たァ思うが、俺ァオンナノコが大好きだ。ほにゃっとしてて見てるだけで胸がこう、あったかくなる。柔らかくてイイ匂いがして、抱きしめたら折れちまいそうにかよわくて、でもホントはなんでも受け止めちまう強さみたいなもんがある」 「………」 「比べりゃ男なんざクソだ。ゴツいわ固いわムサ苦しいわ、おまけに臭ェ。戦闘以外で役に立つのは力仕事だけ、それだって言われなきゃヤんねェ石潰しだ。いつだって後先考えねェで突っ込んで、テメェ以外のコトなんざお構いなし…おっと、どっかのクソ剣士そのもんだなァ」 お前だってその男だろうが、とゾロは反論したくなったが、サンジの挙げた形容にはどうにも彼自身が相応しくなかったため不本意ながら口を噤んだ。 　そんなゾロをサンジはギッと睨みつける。 「テメェに近づくのなんか、そんだけで気持ち悪ィハズなんだよ俺ァ。なのになんでだ？」 「あ？」 「なんで俺ァそれがちっともイヤじゃねェんだ」 目の前に立つゾロへではなく、自分自身に問いかける口調でサンジは小さくそう続けた。 　ふうっと紫煙を吐き出した青年が居心地悪そうに肩を揺らしたので、ゾロは躊躇いがちにその太い片腕を伸ばして丸い小さなヒヨコ頭を引き寄せる。 　されるがままにサンジはゾロの肩口に顔を持たせかけ、「ほらヤベエ」と小さく呟く。 「クソったれどうなってんだ…」 「聞くな。俺にも解らねェ」 「だろーな…所詮マリモだもんよ…なぁゾロ」 「…なんだ」 「ダメだろこれじゃ。こういうのは、ナシだ」 「―――アァ？」 「俺は女の子が大好き。テメェだって、…マジホモってワケじゃねぇんだろ」 「当り前だ」 「だったらもう俺に触るな」 「…どういうことだ？」 今の自分たちの状況とはかけ離れたサンジのセリフに至近距離の金糸を凝視するが、ゾロの位置からサンジの表情は丁度死角になっていて伺えない。 　サンジは腕を伸ばして指先を揺すり、半分まで燃えた煙草の灰を地面に落とした。 「俺に変わるな、と言ったな。俺は何ひとつ変わっちゃいねェし、これからも変わるつもりはねェ―――だが」 「クソコック？」 「テメェにこれ以上振り回されたら、俺は変わっちまうかもしれねェ」 くるり、と金色が振り向いた。 「もし俺が、―――俺がビビってるとしたら、それだ」 真蒼の瞳が挑むようにゾロを一瞬見上げ、目が合ったと同時にすぐに伏せられる。 　そしてゆっくり頭を起こし、ふ、と溜息を漏らした。 （…ふざけるな） そんなサンジの態度にゾロの中に突如として猛烈な怒りが湧き起こる。 「―――今更、逃げられるとでも思ってんのか」 「………？」 そして離れようとする気配を見せた痩身を、両手でがしっと抱きこんだ。 　ウエストに加えられた圧力に驚き咄嗟に身動ぐサンジを、ゾロは物凄い形相で睨み付ける。 サンジの指先から煙草がポトリと落ちた。 「ッ、何しやがるクソマリモ！」 「振り回すだと？―――されてんのは俺だ！」 （こいつはアホだ） どうしてイヤじゃないのかなんて、ゾロにだって解らない。 解るのは、無性にサンジを欲しがる己の気持ちだけだ。 　ゾロは抱きしめた青年を軽々と肩に担ぎ上げると、さっと辺りを見回し、見つけた路地の一角へと足を向けた。 　突然抱え上げられたサンジは溜まったものではない。両足をじたばたと動かして男の硬い腹に膝を打ち込むが、ゾロは少しばかり顔を歪めただけでサンジの抵抗などものともせず、さっさと暴れる大荷物を路地裏へと運び込んだ。 「降ろせクソ野郎！なんのつもりだオイッ」 狭く行き止まりになったそこは、隣り合った建物によって出来た隙間でしかない。 　男二人がようやく向かい合わせに立てるだけのスペースにゾロはサンジを降ろすと、逆らう間も与えず向かい合わせに壁に押し付けた。 　反動でサンジは後頭部を強かに漆喰に打ちつけてしまう。イテテ、とサンジが己の頭に廻した両の手をゾロは掴むと、左腕の黒手拭を自分の歯を使って外し、細い両手首をさっさと一まとめに縛り上げた。 　うっかり手練の早業に見惚れて苦情申し立ても忘れたサンジは、遅ればせながらなんだかスゴクヤバイ状況に置かれている自分に慌て始める。 「お、おいテメェ、コックの手をなんだと思ってやがる。つうか何縛りくれてんだコラ！」 「抵抗されっと面倒だからな」 「ア？」 「変わるかどうか確かめてやる」 「へ」 言うなりゾロはサンジの前にしゃがみこんだ。 　片手で縛った手首をぎっちり押さえ込んだまま、サンジの両足を無理矢理こじあげて自分の身体をもぐりこませる。 　そうして青年を見上げて一言。 「お前は俺に抱かれたくれぇで変わっちまう男じゃねェしそんな奴には興味もねェ。―――覚悟しろ、クソコック」 そして話は冒頭に遡る。

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