ハリケーン 2 |
2 かれこれ二週間ばかり前の、ある夜。 皆が寝静まった後のラウンジは、静かな分だけなかなかロマンティックだ。 とうとう口説き落とせたスナオじゃないコック相手に、ゾロは早速とばかりに夜這いをかけた。 深夜までキッチンで立ち働いていたサンジを有無を言わさず抱きしめ、ほんのり朱の浮いた耳朶にかぷりと噛み付いて、やる気満々な意思表示を行う。 普段はやたらガードの高い服装だが、風呂を終らせたらしいコックが身に着けているものは薄手のシャツとスラックスだけ。 鎖骨が見えるくらいまでボタンを外した無防備なその姿は、襲ってくれと言わんばかりだ。 耳元で「もう我慢出来ねぇぞ」と囁けば、腕の中でびくりと体を震わせる。 殺人キックを繰り出しもせずなすがままのコックはなんとも新鮮で可愛らしく、ゾロはうきうき唇を奪った。 深まる口付けにサンジが息を荒げたところを見計らい、すっと下半身に手を伸ばす。 「!」 咄嗟に怯みかける痩身を片腕で押さえつけるようにして布越しにやわやわと揉みしだけば、その日の昼間ゾロに悪戯されたばかりのそこは仕掛けたほうも仕掛けられたほうもビックリするくらい顕著な反応を返してきて、 (こりゃイケる) とゾロが多大な期待をしたのも無理はなかったと思われる。 真っ赤になって硬直したコックをそのまま床に引きずり倒し、いそいそズボンを下ろしかけたところで「待った」がかかるまで、ゾロはそれはもうご機嫌だった。 「―――?今なんつった」 「だからダメだ、つってんだ」 大体からしてテメェは即物的すぎる、とサンジは唖然と見下ろす男の肩をどんと押しのけた。 後ろ手に両手をついてよいしょと起き上がり、 「考えても見ろ、下じゃあナミさんロビンちゃんがオヤスミなんだぞ?ンなトコでほいほいサカるワケに行くかっつーの」 「…だったら格納」 「見張り台じゃあチョッパーが夜食を待ってンだ、俺らが連れ立って甲板横切ったらさぞかし目立つだろうよ」 「俺ぁ別にバレても構わねぇが」 「俺が構うんだよこのクソ鈍感野郎!いーか、すっかりソノ気のテメェにゃ悪ィが、他人に濡れ場を見せる趣味は俺にはねェ」 「んだと?」 「だから―――って勝手に脱がし始めてんじゃねェこのエロ剣士!」 無視してベルトをがちゃがちゃ言わせ出したゾロの額にサンジは思い切り頭突きを喰らわせたが、その位で躊躇する男ではない。 オデコをくっつけたまま戦闘時そのものの眼光で睨みを利かせ、 「いい加減に覚悟決めやがれクソコック。あんまりお預けが過ぎるようじゃ、俺ぁナニすっか解んねぇぞ?」 「………」 「出来るだけ乱暴にゃあしたくねぇがてめェがそうされてぇってんなら話は別だ。その方が燃えるかも知んねぇしな」 ニヤリと舌なめずりする姿はまさに魔獣そのもので、サンジはごくりと唾を飲み込んだ。 さしもの戦うコックさんも、本気になったゾロ相手に貞操を守りきれる自信はない。 双方ズタボロになった上で犯されるなんて真っ平ゴメンだ。 何しろサンジだってまるきりこの男とのそーした行為に興味がないわけではないのが微妙なところなのだ。 しかし幾ら若くても、公序良俗省みずなし崩しに爛れたセックスにもつれ込むなんてのは本意ではない。 そこでサンジが思いついたのが件の『約束』だった。 「…次の島まで待て」 「アァ?」 「次にどっかの島に辿り着いて上陸して、そしたら…」 「そしたら何だ」 「…テメェと、エッチしてやってもいい?みたいな」 「………」 冗談じゃねぇ待てるか!と激昂しなかったのは、ぼそぼそと唇を尖らせたコックの顔がどーしよーもなくゾロのツボにハマったからだ。 「―――約束するか?」 「おう」 こくりと小さく頷いたサンジに、ゾロは大きく溜息をついた。 焦らしてるとしか思えないワガママを認めてしまう程度には、ゾロはサンジにベタ惚れで。 その場のイキオイに飲まれやすい傾向にあるコックであるからして、無理を通せばすぐにでも体を手に入れることは可能だろうが、代わりに心を失うのは頂けない。 ゾロはどちらも手にしたい我儘な男だったから、不承不承サンジの提案を受け入れた。 要求を呑むにあたり結合以外のスキンシップを了承させたのは剣士の執念の成せる技で、以来それなりにいちゃこらはしているものの、いまひとつ不完全燃焼な日々を送っている二人なのだった。 キッチンの丸窓からは甲板が良く見渡せた。 格納庫の前では上半身裸の剣士が、錘をどっさり刺したスチール棒を飽きもせず繰り返し繰り返しぶんぶんと振っている。 一度集中するとマワリが見えなくなる男だ。恐らくサンジがこんなところから自分を見つめているなんて思ってもいないだろう。 (別にそこまで…イヤっつうワケじゃねェんだ) じゃばじゃばと洗い物を片付けながら、サンジはきっとたった今も顰められているだろうゾロの仏頂面を思い浮かべた。 結局食事の間中あれで通したのだからさぞかしメシが不味かったろうと嘆息する。 (ただなんつーか…そこまで行っちまったら後戻り出来ねェわけだし) そこで(アレ俺は後戻りしたいのか?)とサンジは自問して、いやいやと首を振った。 自分の気持ちから逃げるのはやめたのだ。 ゾロへの思慕はイレギュラーに湧いた想いだが、惹かれあっているのは事実だから。 グランドラインは広いんだし、想像するだけでキショいことだがホモなんざ吐いて捨てるほどいるだろう。 それにサンジにとっての最重要課題はやっぱりオールブルーで、そこを夢見る人間の性嗜好が多少偏っていようがオールブルーの捜索にはなんら問題はない。 ひとたび割り切ってしまえばセックスすることなんて簡単だとすら思う。 ゾロとするキスは好きだし、じゃれあうのだって楽しい。 相手のモノを扱いてやるのも慣れてしまえばどうってことなく、自分の指先から与えられる刺激にゾロの表情が悦楽に揺らめく度にドキドキした。逆もまた、然り。 むしろお互いの気持ちがひとつなら必然的に――― ならば何故。 (あ) ふっと脳裏を過ぎった『答え』にサンジはぱかりと口を開けた。 自分とゾロには決定的な違いがある。 相手はこれ、と集中すると他のことは一切考えられない単細胞だ。 今のゾロはまさにサンジを落とすことだけに夢中になって、肝心のサンジの気持ちを置き去りにしていることなどちっとも頓着していない。 それがサンジを躊躇わせる最大の原因なのに。 サンジはゾロの気紛れが起こす大嵐に強引に呑み込まれているだけで、 (そこまでアイツを欲しいとは、―――思っちゃいねェんだ俺ァ) それは始まったばかりの恋愛に浮かれた気分を一瞬で吹き飛ばすほど、衝撃的な事実だった。 とかなんとかコックさんがショックを受けている間。 ゾロは背中にちりちりと彼の視線を感じながら、汲めども尽きぬ煩悩を振り払うように鍛錬に精を出していた。 (またなんかグダグダ考え込んでやがんのかアイツは) サンジの予想とは裏腹に、アラバスタでものの『呼吸』を読むことを会得したゾロは、一心不乱っぽく修行に励みつつもちゃっかりサンジの様子を伺っていたりする。 ラウンジから流れてくるどこか不穏なサンジの空気は、当然の如くゾロにとって歓迎すべきものではない。 (…それがアイツなんだから、しょうがねぇっちゃしょうがねぇんだが) 仮にもコックを名乗るなら。 ご馳走を目の前に腹を減らした人間がどんな気持ちでいるのか、少しは考えて欲しいとゾロは思う。 そんな気が向こうにまるでなかった時ですら、サンジはあらゆる意味でゾロを挑発しまくっていたのだ。 開き直って自分からキスを仕掛けたりするようになった現在、そんな態度がどれだけゾロを煽っているかなんて、あのアホ金髪はまるで解っちゃいない。 地道な努力の甲斐あってサンジは、少しずつではあるがゾロからのアクションに積極的にこたえるようになってきた。 あの病的な女好きが嫌がらずに自分のちょっかいを受け入れているのだから大した進歩だ。 確かにゾロは一点集中型の男で、サンジを開発することにあらゆる手間を惜しまなかった。 千里の道も一歩から、急いてはコトを仕損じるとの故事に倣い、頑ななサンジを文字通り慎重に解していくのはある意味男の醍醐味でもあったのだが、 (ありゃ反則だ) まさかあんなに感度がイイとは思っても見なかったのだから痛し痒しだ。 既にゾロはチンコの挿入以外ほぼ全てをクリアさせて貰ったが、どこを弄ってもサンジはひいひいと際限なく喘ぐ。 肉が薄い分よけいに過敏なのかと思わず感心してしまうほど快感に弱い体の持ち主なのだ。 首筋に手を這わせればびくっと震え、鎖骨を噛めば身を捩り、胸なんかペタンコな癖して(当たり前だが)乳首をぺろりと舐めただけで「あ」とか悩ましい声を出す。 控えめな陰毛の間にあるこれまた少々控えめな白っぽい性器は、握りこんで上下に動かすとすーぐピンコ勃ちで、咥えてやったらあっという間に暴発した。 飲んでやるつもりでいたゾロは急激な射精感に慌てたサンジから髪を掴まれ無理やりソレから引き剥がされ、お互い不本意なことに顔射を喰らってしまったのだが、かーっと羞恥に染まったカワイイ顔が見れたのでまあ良し。 ゾロにとってだって謎の多い秘密のスポット・ケツの穴は、チョッパーからレクチャーを受けたゾロが前立腺の位置を正確に把握してからはすっかりサンジの性感帯のひとつとなった。 指三本をナカで開いて内側を覗き込むことも可能になり、こんな小せぇところにブチ込んだら死ぬんじゃねぇかとの危惧は既にない。 すっかり据え膳が出来上がった状態で本懐を遂げられないのは拷問に等しく、並々ならぬ精神力でもってゾロは堪え続けているのだがいい加減それも限界だ。 早くあの男の全てをモノにしたい。 ゴール直前で足踏みをさせるサンジは、突っ走りだした体の反応に心がついていっていないのだろうが、 (逃がすつもりはねぇ) 二人の間で交わした『約束』は、サンジにだって拘束力を持っている。 いざ本番で尻込みしても、そのときは約束をタテに存分にヤらせて貰うとゾロは決めていた。 たとえサンジが―――男の矜持をかなぐり捨てて、自ら抱かれてもイイと思えるほどゾロを欲しがってはいないのだとしても。 非常に面白くない感慨を巡らせながら、ゾロは一万と三千二百回目の素振りを終えた。 予定より長くなったのは言わずもがなだ。 それぞれ微妙な思惑を抱え込んでいたゾロとサンジだが、そんなこととはお構い無しに船はのんびりと進む。 ログポースははるかかなたの何もない水平線を指し示し、平和な日常では他にすることもない二人だ。 昼間はドつき合い夜は乳繰り合うという駆け引きめいた関係を続けていたある日、それは起こった。 |
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