剣豪の受難 2 |
2 瞼を完全に閉じてしまえば、すぐに眠りの世界に飛び込めるのが剣豪の得意技である。 それが、この時は何故だかなかなか眠れない。 体力温存のため隙あらばどこででも寝入るゾロにして、いつの間にやら生活サイクルというものが出来上がっていたらしい。 つまり、 『昼飯時にはコックに踏まれてイヤイヤ折りたたみのテーブルを甲板に準備する』 というサイクルが。 だからと言ってわざわざ起き上がってまで、チョッパーが小さい体で一生懸命テーブルを抱えるのを手伝おうとは思わない。 たとえそれがお子様であっても剣豪とは甘やかさないものなのだ。 しかしこれが災いの元だった。 よいせよいせとテーブルを広げようとするチョッパー。ラウンジからはサンジが、出来上がったばかりの料理の数々を、右手には色とりどりのサラダ、左手にパスタの大皿、脳天にメインの牛肉パイ包み焼き香草添え、左足にスープの入った寸銅鍋と、器用にも全身を使って運び出す。 (あーあー良く落とさねェモンだぜ。アイツのあの技だけは真似できねー) あの技以前に料理がまずサンジほど出来る訳がなかったが、もちろん剣豪はそんなことは気にしない。 剣豪は剣を奮ってこそ剣豪。ゾロに包丁は短すぎるのだ。 「お嬢さん方、ランチですよ〜」 「ありがとうサンジ君、置いといて」 「サンジさん、いつもご苦労さまです」 ナミとビビ、二人の女性にまずサンジが掛けるワントーン高い声を聞くのもすっかり慣れっこになった。ウキウキと彼女たちを見つめるサンジの瞳はいつも特大のハートマークで。 ゾロは内心、 (エロコックがアホ面晒しやがって。あーやってデレデレしてなきゃまだ見れんだがな…俺には関係ねェが) なんてコトを考えていたりする。 慣れとは恐ろしいもので、当初は不可思議だったグルグル渦巻くような眉毛も、『まーあーいうのもアリかな』なんて思えるようになった。 しかしそんなことは億尾にも出さないし誰ぞに言う気もない。 何故ならば剣豪とは寡黙なものだからだ。 さて。 「サンジメシかぁーーーーーー!」 「てめェは後だルフィ!」 「待てねーよ!さっさと食わせろ〜〜〜」 毎度のことだがサンジが料理を手にすると、瞳を輝かせながら船長がそのゴムの腕を伸ばす。 それまで船首でのんびりワケのわからない唄(『海賊王ルフィのテーマ』作詞俺曲なし)をがなりながら海を眺めていたのが嘘のような素早さ。 そんなルフィを、料理を持ったままクルクル回転してサンジは簡単にあしらってしまう。 ゴム腕はしつこくツマミ食いをしようとサンジを追いかけるが、結局テーブルに食事が供されるまでその望みは叶うことがない。剣豪はいつも、セッティングの邪魔なんだよアホが、と思いつつ、縦横無尽に伸びるルフィの腕を、気配で上体を逸らすことで難なくかわす。 「たった1分が我慢出来ねェのか!このクソゴムッ」 サンジが皿から肉を一つまみポーンと船尾に放り投げるまでこの攻防は続き、船長がそっちに気を取られる間に食事の準備が出来上がるという、これもまたお約束だ。 しかし運の悪いことに、その日テーブルの準備をしたのはトニートニー・チョッパー。 剣豪のように、景気良く伸びまくるルフィの腕を回避しながらテーブルクロスを準備できるほど、彼はまだこの船に慣れていなかった。 折りしもチョッパーが大きめのクロスをバサッと広げたとき、サンジに向かって一目散に伸びたゴム腕がそれに上手い具合に絡みついた。 あっという間の出来事でチョッパーはクロスから手を外すことが出来ず、ゴム腕に引き摺られるまま勢い余って不自然な体勢で料理を持ったサンジに激突する。 このアクシデントには流石のコックも溜まったもんではない。両手と頭上の料理は確保したものの、取りこぼした左足から寸胴鍋が飛んだ。 「わああ!?」 「!」 「おおおお!?」 「…ヤべッ…!」 「危ない、トニー君!」 ナミの叫びが響き渡る前に剣豪も船長もコックもチョッパーの状況を理解しており、即座に行動を起こしていた。 宙に浮かぶ鍋の落下地点には、ビックリ眼のチョッパー。 咄嗟にコックの両手は持っていたサラダとパスタを中空に投げ上げ、投げ上げた二枚の大皿はスライストマトの一枚も落とすことなく船長のゴム腕がしっかりキャッチ。 空いたサンジの手はまっすぐ鍋へと向かう。 同時にチャキ、と鞘を外す金属音。 さてその時、ゾロは刀の峰で鍋をハジキ飛ばすつもりでいた。当然鍋の中身はひっくり返るだろうが、チョッパーの全身火傷には換えられない。 ところが。 『足技しかねェのかって?ザケんじゃねェぞコラ、俺はコックだから戦闘に両手は使わねェんだよ』 『食いもんをムダにすんじゃねェ!』 いつだかの戦闘でサンジが敵に向かい吐き捨てた言葉が、そしてサンジの口癖が、ゾロの脳裏にカカッと閃光のように蘇る。 そして。 そして剣豪は、サンジが鍋を掴む前に。 その豪剣を振るうための無骨な両手で、しっかりとクソ熱い寸胴鍋を挟み込んでいた。 (どーん!) |
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