剣豪の受難 7 |
7 朝日が昇り、いつもの如く目覚めたクルー達が我先に甲板に飛び出してくる。 穏やかで賑やかな朝の風景。見張り台ですっかり寝こけていたゾロは、その姦しさに薄目を開け、信じられないモノを見て飛び起きた。 「…なんだありャア…?」 眼下に繰り広げられる光景に、思わず眉を顰める。 朝ッパラから何か楽しいことでもあったのか、ルフィとウソップと、ピンクの帽子を被った毛むくじゃらの大男が肩を組んで踊っている。 男にはまるきり見覚えがないが…あの帽子と毛色はまさか…。 訝しげに見遣る剣豪の耳に、ラウンジから出てきたコックの声が入った。 「チョッパー!済まねェがみかんを三個ばかり採って来てくんねェか」 「うんサンジ!」 「悪ィな、どうも悪酔いしちまったみたいでよ、あんま動きたくねェんだ。ツマミ食いするんじゃねぇぞ?」 サンジの呼びかけにくるりと振り向いた大男は、まっすぐみかん畑へと駆けてゆく。 「…チョッパー!?」 「アン?何びっくらこいてやがんだ腹巻」 煙草を咥えたコックに昨夜の酔っ払いの姿は影も形もない。 酒乱気味のサンジのことだから、一寝入りしたら深夜の逢瀬(…)などすっかり忘れてしまったに違いない。 そう考えると、安心したような、ちょっぴり残念なような不思議な気持ちになった。 今ひとつ納得のいかない思いを抱えつつ、三本の剣を小脇に抱えて見張り台から一気に飛び降りる。 「おい、どういうこった」 「どういうって…見ての通りだろ」 「チョッパーって、チョッパーってあれがチョッパーかよ!?」 「アホか。当り前だ」 あんぐり口を開けて仰天する剣豪に、ナミが素気なく言った。 「あらゾロ、そういえばアンタ見たことなかったのね?」 「見たこと…ってオイ…」 「チョッパーは、自分のカラダを自由に変形できる不思議トナカイなんだぞー!」 踊りながらルフィが叫ぶ。 「なんだテメェ、もしかしてなんか誤解してやがったな?」 人の悪い笑みを浮かべたコックが、信じられないことを言った。 「ハハァ…やたらチョッパーに甘ェと思ったら、そういうことか」 「そういうことって何だ」 「あのトナカイ、何歳だか知ってっか?」 「…8歳くらいか?」 「当年とってバリバリの15だ」 「何ィィィィィ!?」 「海で15つったら立派な男だよな。…お子様だと思ってナメてたら、痛い目に合うぜ?」 昨夜聞かされたのと同じその言葉と、思いがけず綺麗な微笑み。 茫然自失する剣士の後頭部に、ごつーん、と何かが当たった。 ゆっくり振り返った先には、青ざめた顔でみかんの木から頭だけ出して様子を伺う大男…もとい、チョッパー。 「ご、ごめんゾロ…ルフィに投げたつもりだったんだけど…」 「ハ~ズ~レ~」 剣士を盾にしてみかんの直撃を逃れたゴム船長が、ウヒヒヒと笑う。 「ちょっと、あんたたち人のみかんで何してんのよー!」 「トナカイ、みかんのかわりにテメェを料理しちまうぞ!?」 みかんを無駄にされたナミが怒り、食材を乱雑に扱われたサンジが怒鳴り、ゾロの頭の中で何かがパチンとハジケ飛んだ。 堪忍袋の緒、というヤツだったかもしれない。 理性の綱、というヤツだったかもしれない。 「―――チョッパー…」 ブチ切れた剣豪は、両手に巻かれた包帯を己の歯で食いちぎると、その愛剣を引っつかみ、チョッパーへと突進した。 その剣幕にチョッパーは思わずトナカイモードに変身し、狭い船上は激しい鬼ごっこで戦場と化す。鬼役は、まさに鬼の形相であった。 「今夜はトナカイ鍋か。ナミさん、お楽しみに~♪」 「サンジ君それ洒落にならないし」 「おっ!ゾロのヤツやっと調子が出てきたみてェだな」 「ルフィ~お前は気楽でいいよなぁ~。見てみろチョッパー、泣いてるぞ」 「アレでいいんだ」 「あ?」 「ムカついたらぶん殴っていいんだ。仲間だから」 「?元はといえばお前のせいでゾロ怒ってんじゃねェのか?」 「うーん。ま、気にするな!俺も気にしねェ!」 「しろよ」 珍しく参加せず船べりに腰掛けてニシシと笑う船長に、傍観者のウソップがのんびりとツッコんだ。 駆け回る二人?にナミが加わり、二日酔いでフラフラするらしいサンジは、目をハートマークにしながらナミを応援している。 走りながらゾロが「うるせえんだよエロコック」と呟き、それを耳にしたサンジに足をひっかけられ盛大にすッ転んだ。 すかさず起き上がり、元凶に刀を向けて威嚇する。 あっという間に甲板は大騒ぎである。 「そういやサンジが来るまではあーいうキャラじゃなかった筈だが…苦労するよなァゾロ」 未来の大剣豪ロロノア・ゾロの受難は、どうやらしばらくは続いていくようだ。 麦わらの船長は、いつかひとつなぎの大秘宝を手にした海賊王になるだろう。 まだ青い剣豪は、最強の大剣豪に。 がめつい航海士は世界の海図を。 嘘つきな狙撃手は勇敢な海の戦士に。 口の悪いコックはオールブルーを見つけ―――今のところ船にすら慣れぬ船医は、海賊王の仲間として共に幾多の冒険を乗り越え、そのうち立派なグランドライン一の医師になるだろう。 若いクルー達はいつかその夢を叶える。 でもそれは、まだまだ先の話らしい。 おわり |
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