サンジ8さい |
さてグランドライン小学校は、少子化のすすむさっこん、いまどきめずらしいマンモス校でありました。 一年生から六年生までかく5クラス。トータル900人近いお子さまが通うけっこう大きな小学校です。 おひる休みともなれば、げたばこからは先をあらそって子どもたちが校ていにとび出してきます。 そんなにぎやかな校ていのすみっこにその日、たった一人でぼんやりすわりこんでいるお子さまがいました。 まだ花をつけていない大きなさくらの木の下で、はぁ、とためいきをつくその子の名まえはサンジ。もうすぐ三年生になる、ぎりぎり二年生の元気いっぱいな男の子です。 けれど今日のサンジはいつもとすこしちがいました。はちみつみたいに金色の頭を体いくずわりのおひざの上にちょこんとのせて、つまらなそうにほかの子をながめています。 「どうしたのサンジ。元気がないね」 「くいなお姉さま」 めずらしく元気のないサンジを見かけてしんぱいになったのでしょう。りはつそうな顔立ちの女の子が、サンジにやさしく声をかけてくれました。 「おなかでもいたいの?」 くいなちゃんのといかけに、サンジはふるふると小さな頭をよこにふって答えました。 さて下級生のサンジに、くいなちゃんがわざわざ声をかけるのにはわけがありました。 明るくてかわいくて元気なサンジは、この大きな学校ではとても人気があるのです。 とくに、上級生のお姉さまたちからは、マスコットのようにかわいがられていました。 じきじどう会長のよび名もたかい5年生のくいなちゃんだって、もちろんサンジが大すきです。 「なんだかちょっと、たいくつなだけ」 それならいいけど、とくいなちゃんは、おひさまみたいに明るいえ顔を見せてくれます。 サンジはそんなくいなちゃんのお顔が大すきだったので、おちこんでいた気分が少ぅしだけ回ふくしました。 心ぱいさせちゃってごめんね、とぐるぐるまゆげをへにゃんと下げたサンジの頭を、くいなちゃんはやさしくなでてくれます。 まだ2年生のサンジの手より、ちょっぴり大きなくいなちゃんの手のひら。 秋ごろぜん日本けんどう大会というイベントで見ごとゆうしょうしたくいなちゃんの手は、女の子だけど毎日竹刀をふっているせいか、ゆびが長くて少しごつごつしています。 (あーやっぱり) けれどサンジはそんながんばりやさんな手がとてもすきでしたので、さわさわとかみの毛をすいてくれるのにまかせてうっとりと目をとじました。 (くいなおねえさまの手は、あいつににてるぜ) 一しゅう間近く学校をお休みしている、みどり色のかみの毛の男の子を思いうかべながら。 サンジに負けずおとらず元気なゾロくんがこのたびかかったのは、「きゅうせいインフルエンザ」というびょう気です。 サンジはまだかかったことはないけれど、かぜににたしょうじょうで、高いねつが出て大変くるしいのだときいています。とてもでんせん力がつよいので、インフルエンザにかかった子は、おねつが下がっても二日間は学校に来てはいけないという決まりがあるくらい、大へんなびょう気なのでした。 しばらくロロノアくんはお休みです、と先生がおっしゃったとき、 (よわっちいの。まりものくせに、人間のびょうきになるなんてなまいきだ) サンジははじめ、あきれながらそんな風におもいました。 同じクラスのゾロくんは、サンジがようちえんに入園していらいのケンカ友だちです。 せかい一の大けんごうになるとかなんとかこうげんしてはばからないゾロくんは、ちょっとうきよばなれしたかんのあるお子さまでしたが、2年生ながらりりしいおも立ちとはきはきとしたたいどで、サンジとはべつのいみでなかなか人気のある少年でした。 ですがまあ、サンジにとってはナニをかんちがいしたか自分をしょうらいおよめさんにするとかねごとをほざくしょうもないやつでしかありません。 (インフルエンザにかかるなんて、あいつもたいしたこたねぇな) ことあるごとにゾロくんをライバルししてしまうサンジは、ざまあみろ、とはなをならしました。 けれど、ゾロくんのお休みから一日たち、二日たち、三日がたったころから。 なんだかサンジは、なにをやってもつまらなくかんじるようになってしまったのです。 ほうかごは二人だけで毎日はたし合いッポイことをしていたから、いきなりそれがなくなったからだろうな、とサンジは思いました。 ちょっとものたりないなあ、とも。 そして四日がたち、五日がすぎ、それでも学校にゾロくんのすがたはありません。 テレビではどこか遠い小学校で、やっぱりインフルエンザにかかった子がいのちをおとすというショッキングなニュースをやったりしていて、今のサンジはもう、ふあんでふあんでしょうがないのです。 (ゾロももしかしたら、そのくらいひどいことになってるのかも) そう考えただけで、むねのおくの方がぎゅうっとしめつけられるようです。 けれどおもてむきゾロくんとサンジはあらそってばかりだから、サンジはだれにもそんな気もちをうちあけることが出来なくて、なぜだか力の入らない体でぼんやりすごすことばかりしていたのでした。 ゾロのそれとよくにたくいなちゃんの手のひら。 そのあたたかさをかんじていたら、サンジの口からぽろり、と言ばがこぼれました。 「あんにゃろう、かんたんにかぜなんか引きやがって」 「―――ゾロがずっと休んでるから、おもしろくないんだね」 くいなちゃんが(わたしはなんでも知ってるのよ)ってかんじにくすっとわらったので、サンジは急にはずかしくなりました。 くいなちゃんは、ゾロくんの通うけん道場のしはんのむすめさんなので、ゾロくんのことだってよく知っているのです。 そんなんじゃねぇけど、と少々口ごもりながら、 「でも、あんなやつでも、びょ、びょう気とかで、もしかしたら」 しゃべりながらサンジは、(ゾロがしんじゃったらどうしよう)と、いきなりスゴイそうぞうをしてしまいました。 青い大きなひとみから、ぽろり、となみだがこぼれます。 きゅっとかたく口をむすんで、それきりなにも言えなくなったサンジから、ことばのかわりにつぎつぎと、きれいなしずくがこぼれおちました。 くいなちゃんはぎゅっとサンジの小さな体をだきしめながら、 「なかないでいいよ。ゾロ、きのうやっとねつが下がったんだって。お父さんが言ってた」 「…ほんと!?」 「びょういんで『かんちしょうめい書』をもらったら、すぐにでも学校にこれるはずだよ」 よかったね、明日からまたいっしょだね、とほほえまれて、こんどはサンジはすなおにぶんぶんとたてに首をふりました。 けんか友だちでも、いないとさみしいものなのです。 その日の夜。 サンジがいつものようにベッドに入ってねむろうとしていたら、コツンコツンとまどの方から小さな音がきこえました。 ふしぎにおもいながらカーテンとまどをあけると、すぐ下の道ろのわきに立っている外ろとうのよこで、小さなかげが手をふっています。 「…ゾロ!?」 サンジはあわててパジャマの上からコートをつけて、外へとび出しました。 「よう」 まっていたのはやっぱりゾロくんです。ねこんでいたはずなのにどうして、とおもったら、 「明日から出れそうだからって、道場にあいさつにいったんだけど」 長らくお休みしたのは学校だけではなかったようです。しはんにごあいさつをすませたゾロくんは、そのあとでくいなちゃんとサンジのことをお話ししたようでした。 「くいなにおこられた。あまりサンジに心ぱいかけるなって…お前、あいつのまえでないたんだってな」 ゾロくんにめんと向かってそう言われて、サンジの白いほっぺたがぱあっと赤くなりました。 「お、おれは、べつにテメェのことなんか」 「もっと早くにきたかったんだけど、母ちゃんがねるまでへやから出てこれなくて」 「………」 「ごめんな。二どと、びょう気になったりしねえから」 だからお前ももうなかなくていい、とひどくまじめな顔であやまられて、サンジは何も言えなくなってしまいました。 しばらく会わなかったゾロくんは、元気そうにふるまってはいましたが、たった一しゅう間でずい分やつれてしまったようにも見えます。 たぶんまだ、本ちょうしではないのでしょう。よく日にやけたほっぺたが、いつもよりずいぶん赤くなっているようでした。 それなのにゾロくんは、お母さんにだまって、夜中なのにこっそりサンジに会いにきてくれたのです。 サンジはうれしいのといっしょに、やっぱりむねのおくがぎゅうっといたみました。 けれど、 「テメェ、バカじゃねぇの。どうせ明日ンなったら、教しつで会えるのに」 口から出てきたのはいつもと同じにくまれ口。 やみあがりのゾロくんを心配しているのにすなおになれない自分がなさけなくなって、サンジはまたなみだが出そうになりました。 本当は、来てくれてありがとう、でもおれは大じょうぶだから早くお家にかえって、と言わなければいけないのに。 でもそんなサンジに、ゾロくんはにこっとわらってこう言いました。 「おう。でも、明日じゃまにあわないからな」 「え」 「たん生日のうちに会いたかったんだ。お前、今日で8さいだろ」 ゾロくんにそう言われてサンジはびっくりしました。 そういえばばんごはんにケーキがついてたけど、あれはおれのバースデーケーキだったのか、とそのときはじめて気がつきました。 びょう気のゾロくんのことで頭がいっぱいで、自分のたん生日のことなんかすっかりわすれていたのです。 「そっか…今日、おれのたん生日だっけ…」 「わすれてたのか?あいかわらずアホだな…じゃあおれ帰る。お前ももう、へやに上がれ」 「え」 「あんまりおそいと、母ちゃんにバレっからな」 そういって一歩下がったゾロくんのコートのはしっこを、サンジは思わずぎゅっとつかんで引きよせました。 それからびっくりしたかおのゾロくんのお口に、そっと自分のそれをあわせて。 「…え、えーと、ぶしのなさけだ!」 少しふるえる声でいみふめいなことばをさけびながら、どんっとらんぼうにゾロくんのかたをおしやって、サンジはあわててお家にかけこみました。 たぶん、サンジがちゃんとおへやに帰るまで、ゾロくんはお家に帰らないだろうと思ったから。 (明日また、学校で会おうな、ゾロ) ベッドの中でおふとんにくるまったサンジの顔は、びょう気のゾロくんよりずっとずっとまっかにそまっていたそうです。 しかし次の日。 サンジはけっきょく学校ではゾロくんに会えませんでした。 なぜならばこんどはサンジがインフルエンザにかかってしまったからです。 じじょうをくわしく知っていたくいなちゃんは、ゾロくんがうつしたにちがいないとおこりまくり、道場でゾロくんをこてんぱんにやっつけたそうですが、インフルエンザのせんぷくきかんをかんがえるとかなり見当ちがいだったかもしれません。 でもまあくいなちゃんのアドバイスのおかげで、ゾロくんははじめてサンジからキスしてもらえるというラッキーな目にあえたわけだし、「おれはもうインフルエンザはこくふくした!」と、かくりじょうたいのサンジをお見まいして、ちゃっかり一人じめが出来たので、けっかおーらいではありました。 十年ご、ゾロくんはサンジとのやくそくどおり、びょう気をいっさいしない大へんけんこうな青年にせい長しました。 しかし一ぶ分の元気がよすぎて、今はちがういみでサンジをなかせまくる毎日だということです。 めでたしめでたし。 |
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(2004.03.18) |
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