ロロノア・ゾロ9才


 その日ゾロは朝から大変気合ブッコんだじょうたいで学校へ行きました。
どのくらい気合が入っていたかというと、朝からごはんを3ばいもおかわりして、一時間目にちこくしそうになったくらい。
道場での朝のしゅう練を終えた後とはいえあまりのりょうに、さすがのお母さんもちょっとあきれて「そんなに食べたらおなかをこわすわよ」とかたをすくめたということです。
今日でゾロは9才になりました。




そんなゾロには野ぼうがあります。
世界さい強の男になることです。
そして先ごろ、もう一つ野ぼうがふえました。

同い年の、金色あたまの男の子を、自分のおよめさんにすること。

すでにツバは何度となくつけているのですが、かん心のお相手は大へんシャイなおぼっちゃまで、なかなかす直にゾロのきゅうあいを受け入れてくれません。みゃくはあるとは思っているのですが、お相手のサンジ君はどーも生まれながらに女に弱いタイプであるらしく、上級生のお姉さまたちにちやほやされては鼻の下をのばしています。

(ここらではっきりさせときてぇ)

いつとんびに油あげをさらわれてしまうともわからないじょうきょうに、ゾロはなんとかサンジ君のハートをがっちりわしづかみしたいと考えていましたが、あばれたいさかりのお子様同しなのでいつも気づけば大げんか。
大変せっかちなお子様だったゾロは色々なやんだすえに、

「9才のたん生日になったらあらためてプロポーズする」

と決意しました。
いつでもどこでもサンジ君のめいわくにはおかまいなしで、はたから見たらわかりにくいアプローチをしているゾロですが、そんなのはあそびのえん長でしかありません。人生の一大事にはやはりけじめがひつようでしょう。
ちなみにことわられるとはこれっぱかしも思っていないあたり、大がい図々しいお子様です。
そんなわけで今日は二人の未来にとって記ねんすべき日になる(予定な)のでした。
そら気合も入ろうっちゅうもんです。




 今年の四月。
三年生になったおいわいに、サンジ君はおじいちゃんから「おうちのお台所に立っていい」けんりをプレゼントされました。
 本当はおじいちゃんがけいえいしているレストランのちゅうぼうに入ってみたいサンジ君でしたが、そこはまだまだはなたれ小ぞうが入っていいところではないのです。
しばらくはがまんしてやるぜクソジジイ、とエラそうにすてぜりふをはいたサンジ君でしたが、青いひとみはきらきらかがやき、ぐるぐるのまゆはぴょこんと上がって、小さな体は今にも台所に走っていきたそうにうずうずとゆれていたということです。
内心大よころびだったのは言うまでもありません。
だってサンジ君のしょう来のゆめは、おじいちゃんと同じコックさんになること。
早いうちから習練するのにこしたことはない、とそれい来サンジ君はお勉強そっちのけで毎日かかさずおりょう理のとっくんをしています。
そんなサンジ君ですから、

「おれぁべつに、あんなマリモにおんがあるわけじゃねぇけど」

あさも早くから今日がたん生日なだれかのためにケーキをやいてあげるのだって、ただの練習でしかありません。
コンロにかけたフライパンの上では、さっき流したホットケーキのたねがくつくつと小さなあわをうかばせ始めています。
本当は、やき立てのあったかいのがおいしいけれど。
ゾロは学校が終わるとすぐに道場に行ってしまいます。サンジ君のお家まで来て、あつあつのホットケーキを食べさせて上げたくてもそんなのはむ理。
 スポンジケーキがやければバッチリだったのですが、ざんねんながらサンジ君のお家のオーブンは本かくてきすぎるガスオーブンなので、三年生ごときでは少々あつかいがむずかしいのです。
 そうしてサンジ君は三まいのふかふかしたホットケーキをやき上げると、長そでシャツのそでをまくり、

(あとは生クリームと、いちご)

はりきってデコレーションに取りかかりました。
 中身はホットケーキとはいえこれはバースデーケーキなのですから、すっぴんで出しては未来のコックの名がすたります。
 ホイップ用のボウルはサンジ君にはまだまだ大きく、かくはんきも同ようでゆび先がいたくなりましたが、サンジ君は一生けん命生クリームをあわ立てました。
 これをわたした時、ゾロが見せるだろうえ顔を思いえがきながら。




 そして二人は教しつで、それぞれどきどきしながら相手の様子をうかがったのですが―――

(なんだよあれ)

お互いのおかしなたいどに、こっそり首をかしげました。
ゾロはいつもならし線を向けるとにらみかえしてくるサンジ君がふいっと顔をそらしてしまうのがふしぎだったし、サンジ君はいつもならまじめくさった顔でじいっと自分にガンたれてくるゾロがあわてたように横を向いてしまうのがふしぎです。

(おれ、悪いことでもしたっけ)

お昼休みが終わってほうかごになってもずうっとそんな調子で、朝のいきおいはどこへやら、二人してなんだかブルーな気持ちになってしまいました。
何せ毎日とっ組み合いのけんかばかりしているゾロとサンジ君です。
心当たりがあるかといえばないほうがおかしいわけで、でも。

(―――今日じゃなきゃ、だめだ)

 こうと決めたらてこでも動かないゾロはずっと前からこの日にコクると決意していたし、サンジ君だってせっかくのバースデーケーキがむだになってしまうのはいやでした。

「おいてめェ」

 おかえりのじゅんびもそこそこに声をあげたのはくしくも同時です。
二人はハッと目を見開いて、それからムッとかおをしかめました。

「ちっとツラかせや」
「じょうとうだクソヤロウ」

 それなりにお上品なクラスメイトたちは、またらんとうが始まるのかとビクビクしながらゾロとサンジ君を遠まきにながめていましたが、ほんとにビクビクしていたのは当の本人たちだったかもしれません。





(おかしい)

ゾロの竹刀がサンジ君のはちみつ色をざっとなぎました。

(こんなつもりじゃなかったのに)

ひょいとかがんでそれをよけたサンジ君はすかさず足ばらいをかけます。

(おれぁただ、こいつと)

しかしのばした足はさいきん竹刀でも二刀流になったゾロがにぎる、左のぶきがさえぎって、

(おちついて話を…)

向こうずねをしたたかに打ちすえられたサンジ君は、いたみに顔をしかめながら、それでも負けずにすぐ起き上がり、えいやっとゾロの竹刀をけっとばしました。
元々きょうぼうせいにはていひょうのある二人です。
いつもの空き地で、たいじしたしゅん間からいつものように大げんかをくり広げはじめてしまった二人は、首をかしげながらそれでも楽しくあばれまくりました。
 と、ついさっきサンジ君のけりとばしたゾロの竹刀は、あらぬ方向へ。
くるくるくる、と円をえがきながらとんでいった丁度その先には、運の悪いことにサンジ君が学校にもってきた紙ぶくろがおいてあります。

「あっ」

ぐしゃりと音を立てて、大き目の紙ぶくろがへにょんとへこみ、サンジ君はケンカのまっさい中だということもわすれて、あわてて紙ぶくろへとかけよりました。
 いきなりほったらかしにされたゾロも(なんかヤバイことになったらしい)とつられるようにサンジ君を追っかけます。

「おい。…どーかしたか」
「………」

つぶれてしまった紙ぶくろを前に、へたんとその場におしりをついてしまったサンジ君の様子があまりにもヘンで、ゾロはおそるおそる声をかけましたが、サンジ君はだまりこんでしまって何もお返事をしてくれません。
 こまったなーと思いましたがそこはゴーイングマイウェイをつき進むゾロです。
理由はわかりませんがせっかく大人しくなったことだし、

(こらいいプロポーズのチャンスじゃねぇか)

やる気まんまんで大きく息をすいこみましたが。
 いきなりそれどころじゃねぇっちゅう話になってしまいました。

「おっ、おれの、ケー、は、はや、おきし…てっ…」
「!?」

だって目の前で、サンジ君が小さなかたをふるわせて、ひっくひっくとしゃくりあげているのです。
 ゾロとサンジ君はようち園の入学式いらいのつき合いですが、ここまではげしくなかれるなんてことは、それこそ二人が運命の出会い(…)をしたその日だけ。
 むしろかわいらしい見た目をうら切るように、きょう悪なまでに気しょうのあらく男らしいお子様であるサンジ君は、ぎゃくギレついでに目にうっすらとなみだをうかべることはあっても、こんなふうにしくしくと悲しそうになくなんてすがたをゾロに見せたことはありませんでしたから、ゾロはもうどうしていいかわからなくなってしまいました。
 ぐしゃぐしゃになった紙ぶくろからふるえる指先が取り出したのは、これまたぺっしゃんこになった、きれいな白いはこ。
 サンジ君はえぐえぐなきながらゆっくりとはこにかかったきれいな緑色のリボンをほどき、出てきた中身をみてうつむくと、わーっとひときわはげしくなきじゃくりました。

「おい、なくな、おいったら」
「ぞ、ぞろの、ぞろのばか」
「あぁ?おれだけのせいじゃねぇだろ!」
「おれっ、おれの、…ふうああああああああ」
「………」

ええまあほんとに、お話になったもんじゃありません。

(えーと、あんときはどうしたんだっけ)

 サンジ君がなきながらしゃべる言葉は聞き取りづらく、また一向にようりょうをえないため、ゾロのこんらんはひどくなるばかりです。
 もうプロポーズなんてことは頭の中からふっとんで、今はただ、どうしたらサンジ君がなき止んでくれるのかと、考えるのはそれだけになり、

(そうだ。あんときはたしか)

 ゾロはなきじゃくるサンジ君の横にこしを下ろすと、そのままがばっとサンジ君をだきしめました。

「!」

びっくりしたサンジ君は思わず手に持っていたはこをひっくりかえしそうになり、白とピンクと茶色のそれはちゅうにういて、なみだでびしゃびしゃにぬれたサンジ君のほっぺたをかすめてから、元どおりはこの中におさまりました。

「な、んだよぅ」
「へんな顔」

ぐすっと鼻を鳴らしたサンジ君ですが、すぐそばでゾロがにいっとわらっていることで、はじめて自分がなさけなくごうきゅうしていたことに気がついたようです。
ハッと顔色を変え、あわててシャツのそでで自分の顔をぬぐおうとするのをゾロはゆっくりさえぎってしたを出すと、

「うあ」

あいさつもなしによごれまくったサンジ君の顔をぺろっとなめたので、サンジ君はこれまたびっくりです。

「ば、ばか、やめろ」
「しょっぺぇのとあめぇのと、りょう方の味がする」

真顔でよこされたひどくれいせいなコメントにサンジ君はかちんこちんにこうちょくしてしまい、それをいいことにゾロは遠りょなくサンジ君の顔をきれいにしてやりました。
 ある意味ゾロのだえきでさらによごれた、と言えないこともないのですが、小学三年生にそんなはんだんが出来るわけもありませんし、ゾロは少々じょうしきにかけています。

「うし。こんどはそっちだ」
「え」

ぽかん、と口を開けたサンジ君の青いひとみにうつったのは。
 白い小さなサンジ君の手の中で、それはもうむざんなすがたをさらしたケーキにお行ぎ悪く両手をつっこんで、ばくばくとお口に放りこみはじめたゾロのすがた。

「…なんだよ。これ、おれのだろ」

ぐしゃぐしゃのケーキがどんどんへっていくのを、だまってじいっと見つめていたサンジ君に、ゾロがちょっとてれたようにいいました。

「おれのたん生日に、早起きして、作ってくれたんだよな」

 語びにはてなマークがついてないあたりこれまた図々しい発言でしたが、いつもならそれこそぎゃくギレして「そんなわけあるかボケ!」と大さわぎするはずのサンジ君は、こくり、としずかにうなづきました。

「おれあんまり、あまいもんとかたべねぇけど」

おれのためのたん生日ケーキはすきだ、とゾロが言うと、サンジ君はなぜだかまたぶわっとなみだをあふれさせ、

「てめ、バカじゃねェの…ッ」

ほんとはもっともっときれいだったんだ、デコレーション用の生クリームがかきまぜすぎて分りしちゃいそうになってジジイにぶっとばされたけどでもケーキにのせたのは作りなおしたやつだから、しぼり出したときもすっごいピンってツノがたって、おれが今までホイップしたやつで一番の出来で、ハンドミキサーつかったら早かったかも知れねェけどそれじゃ気もちがこもんねェような気がしたから、あといちごはお店に出せない小さいやつをわけてもらってきたからあんまり大きくないけどでも新せんでそんだけかじってもおいしいやつで、あと土台になってるのはホットケーキだけどふかふかにやくのはすっげーテクがひつようで、だからすごい練習したんだ。

 またぼろぼろとなきながら、サンジ君は早口でそんなことをいいました。
りょう理にかんしてはドしろうとのゾロは、サンジ君がしゃべってることの半分も意味がわかりませんでしたが、その代わりてんねんのタラシだったので、口をもぐもぐさせたまま、

「お前の気もちがこもってるから、ぐちゃぐちゃでもうまいんだな」

なんていって、サンジ君を真っ赤にさせることにせいこうしました。

「来年は、多分オーブンつかえるようになってっから、もっとうめェ」

ぼそぼそっとつぶやいたサンジ君にゾロはニカッとわらって、

「そらたのしみだ。…お前、せっかくきれいにしたのにまたヘンな顔になってっぞ?」

なみだでまたぬれてしまったほっぺたを見ながらそういうと、いつのまにかなき止んでいたサンジ君は、

「てめェのほうがひでェツラしてる」

といって、ゾロの口のまわりにつきまくったクリームを、小さな赤いしたをぴらっとひらめかせてなめてくれました。
 プロポーズはスタートでけつまづき、せっかくの手作りケーキはつぶれてしまいましたが、なんだかんだでけっかおーらいだったご様子です。





 十年後、やり直しのプロポーズなんかとっくにすませていたゾロはかっさらうようにしてちゃっかりサンジ君を手に入れていましたが、ようじ期の体けんは後のせいかく形成に多大なえいきょうをあたえるといいます。
 生クリームをあわ立てるのもお手のものになったサンジ君が作ったホイップは、たまにケーキをかざる前にご本人にぬりたくられたりしたそうですが、まだまだわかい二人なので、しげきてきなプレイとしてそれなりに役に立ったということです。





めでたしめでたし。


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 (2005.02.03)

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