春、間近 11 |
11 ヒート おでん屋の、男にしては細く白い首。 なだらかなカーブを描くその場所にほのかに赤く色づく部分、今のゾロにそれは他人が彼に残した所有の証のように見えた。 (消さねぇと) 発作的にそう思い、同じ箇所にぷつりと歯を食い込ませる。 口の中にかすかに広がる鉄錆の味をこんなにも甘く感じたのは初めてだった。 「…ッ…!」 僅かに噛み切られた部分を吸い上げられて、痛みとも怖気とも付かぬ感触にサンジが声にならぬ悲鳴を上げる。 唇を離すとそこからじわりと赤いものが滲み出し、ゾロはことさら丁寧にそれを舐め取ってやった。 かすかな出血が収まるまで、獣が傷を癒すようにゆっくりと。 「よ…せッ」 掠れた言葉が耳に入ったが、煽られこそすれやめるつもりにはなれない。 執拗にそこを嬲りながら、ゾロは大きな手の平を露わになった肌に這わせていく。 総毛立った肌はそれでもとても滑らかにゾロの手を受け止めた。 自分よりずっと細いけれど、きちんと筋肉のついた男の体だ。ふくよかな膨らみもなければ柔らかくもない。それなのに今まで触れたどんな女の肌よりそそられる。 触感を楽しみつつ首筋から鎖骨の窪みへ舌を滑らせ、そこかしこで強く吸い上げるとそのたびにサンジは跳ね上がり、過敏すぎる反応を返した。 嫌がって何度もかぶりを振る、その仕草にさえ堪らなく興奮する。 「ふあっ!」 淡く色づいた乳首をぺろりと舌先で舐めた途端に青年からあられもない声が漏れた。 驚いておでん屋を見ると、自分でも驚いた顔をして見返してくる。羞恥で真っ赤に染まった顔をゾロはしげしげと眺め、「ヘェ」と感嘆しながら縫いとめていた腕を解放してやった。 絡み付いていたセーターとシャツを丁寧に外して、擦れて赤くなった手首に唇を寄せて意地悪く哂ってやる。 「男でも感じるもんなんだな」 「…ばッ…」 「気持ちイイならそう言え。男は抱いたことがねぇんだ」 小さくキスを落として腕を離すと、おでん屋は口をぱくぱくさせながら両手で自分の顔を覆ってしまった。 拒絶するかのような態度だが抵抗しないのならばそれでいい、とゾロは愛撫を再開した。 つんと尖った小さな先端を唇で挟み込み悪戯すると、頭の上のほうでくぐもった、しかし確かに色の付いた吐息が零れる。 調子付いて舌先で触れぬ反対側を指の腹で捏ねてみれば、きゅうと絞られて固くしこり快感を訴えた。 それら全てがゾロにはいちいちひどく淫らに思え、燻り続ける残虐性を更に煽り立ててくれる。 わざと横腹を撫で上げるとぶるぶるっと痩身が震えた。下がりきった室温とゾロの冷えた指先は彼の体温をどんどん奪っていくようだ。 暖めてやりたいと抱き寄せたこともあったが、今は。 「寒いのか?」 「…ッたり前だクソボケ…ッ」 顔を見せぬまま吐き捨てられた悪態に苦笑しながら、彼のベルトに手を掛ける。 隠した腕の下でおでん屋が息を呑むのが解ったが、やはり拒否する様子は見られない。 気が長いとはお世辞にも言えぬ青年だ。その上かなり喧嘩ッ早いところがある。 もし彼が本気で抵抗してくれば、いかなゾロだとて一筋縄ではいかないだろう。 かすかに安堵した気持ちを誤魔化すように、ゾロはせいぜいイヤらしく哂って細いベルトを奪い取った。 「俺はすげぇ熱い。お前も熱くなれ」 「…!」 下着ごとジーンズを下ろそうとしたがさすがにやりづらく、焦れたゾロはサンジのその部分だけを露出させることで諦めた。 中途半端に脱いだ姿はだらしなく、そのまま彼の性向を現しているようでどこか滑稽だが、だからこそ淫猥に映る。 しかし満足げに裸身を見下ろしたゾロは、あることに気付いて柳眉を顰めた。 (萎えてやがる) 早急な行為だからだろうか。初めて目の当たりにするサンジのそれは、彼の金糸よりも色濃い繁みの中で萎え切って力なくうなだれていて、ゾロはそれが気に喰わない。 「―――俺相手じゃ役不足かよ」 苛々しながら指を絡めると、びくんと白い裸身が揺れた。 刺激を与えてやろうとしたゾロは馬乗りのままでは腕が動かしにくいことに気づき、体をずらして自らも床に横たわる。 丁度目の前に来た形のよい耳朶をぱくりと咥え、手中に納めたものにゆるゆると力を加えていった。 自分の中で渦巻くものと同じだけの熱が彼に熾るように。 「っは、ゥんッ」 晒したときにはその兆しも見せなかった陰身は、心とは裏腹に恋人の施す手淫に少しずつ力を持ち始める。 先端から溢れだした雫を広げながら指の動きを早め、ゾロは自慰よりも丁寧に執拗に追い詰めた。 瞼と共にきつく引き結ばれた唇は、やがて堪えられず切れ切れに切なげな音を漏らすようになり、 「ア、 ダメだゾロ、おれ、俺もう…ッ」 「イケよ。全部ぶちまけろ…!」 「いやだ、や、あ、―――ア、アアア!」 耳元で促す言葉を囁かれたと同時に、初めてサンジはゾロの前で射精した。 果ててくたりと弛緩した体からゾロは身を離し、自らの衣類をすべて取り去ってもう一度サンジに覆い被さった。 脱力したままのおでん屋は、両足をぞんざいに抱え上げてもされるがままだ。 ふとゾロはサンジがずっと目を閉じたままなのに気付き、(目が見てぇな)と思った。 あの青い瞳が自分によって悦楽に揺れるさまが見たい。 「サンジ」 低く名前を呼ぶと、ぴく、と肩が揺れた。もう一度同じことを繰り返すと、ようやくゆるゆると瞼を上げる。 しかし僅かに潤んだ蒼眸はゾロを見ることなく、静かに天井を見つめている。 これでは面白くない。ゾロは小さく舌打ちし、 「…呆けてんじゃねぇぞ。本番はこれからだろ」 放心しきったサンジの眼前で見せ付けるように手をひらひら振って覚醒を促した。 そのままその手を白い腹に滑らせてやる。 盛大に飛び散ったものを手の平で掬い取り、ぐちぐちと揉み込むようにして指先を湿らせた。 男を抱くのは初めてだが、使う場所がどこかも、そこが濡れないことも知っている。 充分にぬめりを帯びたそれを、細い足の奥津城へと伸ばす。細かな襞が密集した部分を探り当て、おざなりに入り口を揉んで隙間から爪の先を潜り込ませた。 「…っく…!」 おでん屋の白い顔が苦痛に歪む。 歯を食いしばったまま小さく呻くのにも構わず指を進めようとしたが、固く閉じられた場所は頑なにゾロの侵入を拒んでいた。 先ほどまで上気していたサンジの体は僅かに指を蠢かせるだけでどんどん血の気を失っていく。 これにはゾロとても作業を中断するしかなく、細い眉を顰めて、 「おい。どうやったら入んだ」 焦れて詰るように言葉を発した男を、サンジは首をほんの少し動かしてまっすぐに見た。 肩で息をしながら投げやりに呟く。 「テメェの好きにしたらいい」 「なんだと?」 「俺の気持ちなんざどうだっていいんだろ?」 「―――どういう意味だ」 怒気も露わに見下ろす男に語る言葉は、呆れとも諦めともとれぬ響きを帯びていたが、片方だけ覗かせた瞳には先ほどまで欠片も浮かぶことのなかったきつい光が宿っている。 「なァゾロ。俺はここに、抱かれに来たんじゃねェ」 「アァ?お前」 この期に及んでまだ、と口の端を歪めたゾロに、おでん屋は静かに首を振り、それからふっと肩の力を抜く。 そして眉根を少しだけ下げた顔で柔らかく微笑んでみせた。 (…?…) この場にそぐわないその微笑は、猛りきった男を躊躇させるだけの威力があったようだ。 かつて見たことのある表情だとゾロは首を傾げ、 (…どこだ?) 怒りも忘れ、胡乱な記憶を辿ってようやくそれを思い出し、ぽかんと口を開けた。 ―――病室で再会したとき、泣き出す直前の。 「おで―――」 「テメェと抱き合うために、来たんだ」 「!」 ガツン、と。 鈍器のようなもので思い切り頭の後ろを殴られたような気がした。 ゾロはそろそろとサンジの内部を弄っていた指を引き抜いて、彼の精液に塗れた己の右手を愕然と見下ろす。 体内で沸騰しまくっていた血液が一気に冷めていくのが解った。言葉にならぬ思いがぐるぐると脳天を駆け巡る。 短く揃えた爪が肉に食い込むほど強く、ぎゅっと己の拳を握り締め、 「畜生…!」 固く結んだそれをおでん屋の顔めがけて思い切り叩き込んだ。 |
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(2004.06.16) |
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