春、間近 14


14 こころとからだ


 どこか懐かしく食欲をそそるそれは、

(おでん屋の―――?)

 ゾロはばっと身を起こして掛け布団をめくり、シーツに鼻先をつっこんでくんくんと匂いを嗅いだ。なんていうか人には見せられない姿だ。
 ベッドサイドから足元まで丹念にチェックして、今度は布団を被って確認する。

(?)

口では説明できないかすかな違和感をそれに感じ、首を傾げながら蓑虫のようにモゾモゾと動いていたら、頭のほうから呆れ声が降ってきた。

「…何やってんだ?」
「ベッドからお前の匂いがする」
「テメェは犬か…!つーかやっぱりホモ臭かよ…」
「何だそりゃ…?いや、お前のメシの匂いだ」
「…あー、一昨日は風呂も着替えもしねェで使っちまったから」
「なんだと?」

聞き捨てならない台詞に作業を中断して布団から這い出したゾロは、ベッド脇に立つおでん屋の姿に、思わず(うお!)と目を瞠った。
 腰にバスタオルを巻きつけただけの青年が両手を腰に当てて偉そうにふんぞり返ってゾロを見下ろしている。

(…なんちゅう格好だ…!)

多分というか絶対タオルの下には何もつけていないと思った瞬間、先ほど必死で散らした血液が中央に集まり始めゾロは焦った。おでん屋は少々頬を赤らめつつ、

「オラずれろ。こっちゃあ寒いんだよ」

 片足を持ち上げてちょいちょいと爪先を動かし、ぶっきらぼうに男を促した。
所謂銭湯のお父さんルックかつゾロにとってだけ大変セクシャルな出で立ちで現れた青年の、タオルの合わせ目からちらりと白い太股が覗くのに視線を奪われながら、ゾロはずりずりと端に体を寄せる。シングルのベッドに少しばかりの隙間が出来て、おでん屋はいそいそ隣に潜り込んだ。
 ぴたりと肌をくっつけて「あー寒い寒い」なんて呟く恋人に非常に混乱しながら、それでもゾロは冷静を装って声を出した。

「おでん屋。さっきのはどういうこった」
「…ごめんな。俺、テメェに嘘ついた」
「何?」
「鍵預かって―――その晩、テメェの家には行かなかった、って言ったけど。ホントはここに泊まったんだ」
「そりゃどういう…」
「…誰も連れ込んだりしてねェよボケ。無駄に勘繰るな」

くぐもった声を出したゾロはサンジはジロリと睨んで牽制した。どうにも早とちりな男だからまた余計な誤解をしかねない。

「どーせ散らかってんだろうなって、掃除でもしてやるかって、結構張り切ってここに来た。でもさ、テメェがどんな風に暮らしてたのか見て…俺はテメェのことをホントは全然知らねェんだって気がついた。―――世界が違うっつの?」

あの時の疎外感を、どうしたらゾロに伝えられるだろう。
頭の中にぐるぐると渦巻いてきた色んな思いを、サンジは懸命に言葉にする。
少しでも彼に自分を知ってもらうために。

「そう思ったらもう掃除も出来なくて、何にも知らないくせに恋人気取りで図々しく押しかけた自分が情けなくて、それで」
「サンジ」
「なんかさ、テメェって即物的じゃん?場所とか人目とかお構いなしだし、何かっちゅうとすぐ『抱く』とかって言うし。俺はずっとそれが不思議で、なんでそんながっついてんだろ、セックスの前にもっと他になんかあんだろ、って」
「サンジ!」

喋りながらぽろぽろと涙を零し始めた青年をゾロはきつく抱きしめた。

「俺はそんなに…お前を不安にさせてたか」
「………」
「俺ァ早くお前が俺のもんになればいいって、そればっかり考えてた。やりてぇってのも勿論だが、抱いたら俺だけのもんに出来るって」
「…俺は、モノじゃねェよクソ野郎…」

肩口に顔を埋めたままの悪態に、ゾロは「そうだな」と苦笑する。
子どもがおもちゃの所有権を主張するようにしか彼に接して来なかった、と。
自分はなんてガキだったんだろうと恥じ入りながらゾロは丸い頭を撫でてやった。
 風呂から上がったばかりの髪の毛はしっとりと湿っていて、毛先のほうから冷たくなっていく。それでも湯上りの肌はほんわりと熱を含んでいて、水垢離で芯まで冷えたゾロをゆっくりと暖めてくれた。
 しかし熱くなりすぎても困るのだ。ゾロは無防備すぎる格好で近づいた彼に理性を試されているのだろうと解釈し、そっと彼の肩を押しやり身を離した。
 目の端に浮いた涙を唇で拭い取ってやり、

「焦りすぎて悪かった。寒いだろ?服を―――っておい!」

最大限の忍耐力を発揮してそう口にした途端にぎゅうっとしがみ付かれ、今度こそゾロは慌てる。
 頭では納得しても体のほうはそう簡単には行かないのだ。タダでさえギリギリで堪えているのにこの状況は試練が重過ぎる。
 顔面をぴきっと引き攣らせたゾロの耳に、消え入りそうな声が届いた。

「―――テメェのこと知らない、つったけど、先刻まで俺は俺のことも解ってなかった」
「…そりゃ、どういう意味だ?」
「エロいことばっか考えやがって、なんてムカついてた筈なのに、テメェが俺に触ってるってだけでスゲェ興奮して…」

意を決したように上げられた顔は、首筋まで真っ赤に染まっている。まだ僅かに潤んだ青い瞳に紛れもない春情を浮かばせて、サンジはまっすぐにゾロを見た。

「ゴーカンっぽく襲われてもイケちまう位、テメェが好きだ」
「…ッ」
「心の方は勿論だけど…体から知り合うってのもアリだよな?」
「お前そりゃ」
「テメェのこと―――俺に教えてくれよ」

そこまで言われて据え膳を放置できるほど、悟りを啓けたわけでもなく。
 言葉の代わりに抱きついてくる力の倍以上の抱擁を、ゾロはサンジに返した。







 抱き合ったまま、舌先を互いに出して触れ合わせる。
柔らかい粘膜を絡み合わせて、唇を深く重ねる恋人同士のキスに溺れた。喉の渇きを潤すために相手の唾液を飲み込もうとするかのような口付けを交わす。

「んン、むッ…」

長すぎるそれに先に根を上げたのはサンジで、ゾロの短い髪を引っ張って、噛み付く勢いの男をとめる。
ゾロは少し笑って激しい奪うようなキスを軽くついばむものに変え、サンジはそれを受け止めながら、腰を揺らして先を促す。
 二人とも全裸で肌を密着させているから、形を変え始めたものがぶつかり合ってとても恥ずかしいけれど、ちゃんと感じているのだと伝えたかった。
 応えるようにゾロが腰を蠢かせると、敏感な部分が擦れあってそこから電流のような快感が走り、サンジは思わず声を上げそうになった。
 寸でで声は殺せたものの、悪戯していた唇が小さく震えたからゾロにはそれが丸解りだ。

「俺とこうすんの、気持ちいいか?」
「ばっ…」
「俺はすげえ気持ちいいし、お前のがでかくなってんのが嬉しい」

言いながらゾロは二人分のそれを纏めて大きな手のひらで握りこんだ。
 マスを掻く時の要領で前後に軽く扱いてみるが、サンジのものが当たる部分は指では味わえない微妙な感触を送ってきてかなりいい。おでん屋も同様らしくだんだん息が上がってきた。
 素直に快楽を訴える表情は堪らなくゾロを煽る。
闇雲に暴きたくなる衝動が湧き上がったが、しかしそれでは先ほどと一緒だと、

「お前も触ってみろ」

 背中にしっかり回されていた腕を一本取って、サンジの手もそこに導いてやった。
躊躇いがちに、それでもゾロの意を解しておずおずと触れてくるのをとてもかわいいと思ったけれど、それを言うと多分彼の機嫌を損ねるだろう。
 サンジは長く細い指を絡めながら、ほうっと感嘆のため息を漏らす。

「テメェの、すげ…おっきい」
「まだ一遍も出して、ねぇからな」
「俺も…嬉し…―――ひゃッ」

胸の突起をぺろりと舐めるとびくんと跳ね上がった。予期せぬ刺激を加えられて、サンジは頬を染めてゾロを睨みあげる。
 負けず嫌いな反応はとても彼らしくて、ゾロは性欲以外の情動で胸を熱くした。
もしも無理矢理犯していたら、きっとこんな彼の姿を見ることはなかったのだ。

(コイツは、ホントに)

喰っちまいたいほど可愛い、と実感しながらゾロはニヤリと悪人面で笑って、

「折角見つけたイイところなんだから弄らせろ。…どうやったらお前がヨくなんのか、ちゃんと知りてぇ」
「んの、エロオヤジ…ッ」
「なんとでも」
「ア、は…うンッ!」

事実なので否定せずじゅっと吸い上げると、余程感じたらしく首を仰け反らせて喘ぐ。
 小さく尖りきった乳首はサンジに確かな愉悦を与えていたが、触れた舌先にもここちよく、下半身はサンジに任せることにして、ゾロは飴玉を与えられた子どものように夢中でそこを責めた。
舐めてやれない反対側を指の腹でこねると、夜目にも白い裸身が欲しがるように淫らに揺れる。

「は、あ、はあ、はっ」

 サンジはもう息も絶え絶えで、ゾロから受ける愛撫に流されるしかない自分に本気で驚いていた。
胸を弄られているだけなのに、女性のように喘ぐのを止められない。
 ゾロのと自分のを合わせたところは二人分の先走りでぐちょぐちょに濡れそぼって、すぐにでも爆発しそうに熱くなっている。
絶頂に近づくのが怖くてこれ以上指を動かすことが出来ないのに、けれど股間に宛がわれた指の動きが止まるたびに腰を揺すって催促される。思い出したように腕を動かすが、まるで力が入らない。
 そうして彼の体がすっかり蕩けたころ、ゾロは自分の指先に唾液をつけて、そっとサンジの後孔に忍ばせた。
 小さく窄まった部分を撫でるとサンジはハッと目を見開いたが、そこにあるのは戸惑いと羞恥の色だけで、嫌がっている様子は見受けられない。
 それでも先ほどの例がある。
どうしたもんかと逡巡したゾロに、サンジは震えながら、それでもにこっと微笑んで見せた。

「おでん屋…?」

自ら白い足を大きく広げて、両手をゾロの首に回す。

「いいか」

低く尋ねるのにこくんと頷いて、ぎゅっと目を閉じた。

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 (2004.06.19)

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