さくら 3





「って、毎年この時期にだけ出るってなァどうなんだ」
「うーん、そう言われてもなあ…」
「しかもお前、ちゃっかりでかくなってくし」
「な。おかしな話もあったもんだよな」

 俺の前で腕なんか組んで「うーん」と首を傾げてるのは、すっかり春の風物詩と化した幽霊だ。
 最初にサンジと出会ってから既に数年が経過して、今じゃ俺は高校卒業も間近。
四月からは地元の大学に通うことも決まってるってんだから月日の流れってなぁ早いもんだ。

「多分アレだなァ、俺って自分で思ってたより、未練がましい男だったんだろうなー」
「あぁ?」
「毎年思っちまうんだよ、『いい桜だった、また見てェ』って」
「ははは」

 姿こそだいぶ変わったが、自分のことをまるで他人のことのように話す、その癖は相変わらずだ。
 特段霊感が強いワケでもねぇ俺は幽霊がどんなもんなのかってのはサンジでしか知り得ないんだが、コイツが特別なお化けだってのはなんとなく窺えた。
 たった九才で短い人生を終えてしまったはずのサンジは、俺の成長に合わせるように、毎年ちゃんと少しずつ大きくなっているのだ。
 サンジに出くわして以来ヒソカに小難しくて理解できねえお化けの専門書を読み漁り、高校では胡散臭さ丸出しの『心霊研究会』にまで顔を出して、すっかりエセ心霊マニアに成り下がった俺だが、そんな幽霊の話なんざどこでも聞いたことがねぇ。
 きちんと測ってこそいないが、見る限りサンジの身長は俺と同じくらいはあるんじゃねぇだろうか。
 かなりヘタれて来た桜の枝は、サンジが幽霊じゃなかったらとっくの昔にばっきり折れちまってたに違いない。
 いつ倒れてもおかしくないと、近年では剪定すら避けている。

「まーいい加減、ここの桜にも見慣れて来たけど。今年も散るまでの間だろうから、勘弁しろや」
「は、んなこたとっくに諦めてる」
「二ヶ月の辛抱だぜゾロ?」
「たった二ヶ月だ。っつか、遠慮しねぇでガンガン出ろ」
「…これでもちっと悪いたァ思ってんだぜ?俺がいる間は彼女も呼べなくなっちまうしなー」
「そんなもんいねぇし、作る気もねぇ。俺がお前に言ったこと、忘れてるワケじゃねぇんだろ?」

 態度はでけぇ割りに気を遣うのも、変わらない。
ガキのころと違うのは、コイツの見た目と、俺の気持ちだけだ。
 にいっと笑った俺に、サンジは白い頬っぺたをうっすら桜色にしてぶちぶちと何やら呟いた。

「聞こえねぇ。離れてんだから、もうちっとでけぇ声出せ」
「煩ェよ罰当たり!―――幽霊を揶揄ってどうすんだ」
「からかってるワケじゃねぇ。俺ぁ本気だ」

 俯いてしまったお化けを、お前だって判ってんだろうと窓から半分身を乗り出すようにして追い詰める。
 サンジはグル眉をへなっと下げて困り顔を作っているが、満更でもなさそうなのは気のせいじゃないはずだ。









 春が近づくと現れる幽霊。
そいつをそういう意味で意識し始めたのはかなり前だ。
 皆がサンジを忘れていく中、俺だけがコイツと話せることを内心どこか誇らしく思っていたのは、最初こそ怪異や不思議に含まれる特殊性へのガキっぽい憧れでしかなかったが、周囲への優越感はそのままサンジへの独占欲に繋がった。

 俺だけがサンジを知っている=サンジは俺のものだ。

 珍しい幽霊の話を誰にすることもなく、己の胸のうちだけに秘めてきたのはそういうワケだ。
 一年のうち二ヶ月ばかりを共にするサンジが消えるたびに俺の胸の中はざわつき、どうしようもなく焦りはじめる。
 残りの十ヶ月に考えることは『次の春もサンジは現れるのか』、そればかりで、他人に対する俺の興味のほとんどはサンジに向けられていたといってもイイだろう。
 文字通り浮世離れしたサンジとの邂逅は友人たちと過ごすよりも刺激的だったし、実際楽しかったから。
 そしてナマイキにも俺と同じように成長を続ける幽霊は、しかし俺とはかなり違う成長を遂げていて。
 初対面ですら生ッ白い奴だと感じはしたが、それはこいつが異国の血を引いているせいだった。
 夜にしか見れないサンジは恐らく陽光にあたるということがないのだろう。
真っ当に焼けてる俺と比べたら、今のサンジはまさに色素が抜け落ちているかのように白く、開花後に白い服でも着て出られた日にゃ、それこそ金髪頭がなかったらどこにいるのか判らなくなる位だ。
 ガキの頃から続けている剣道は俺に鍛えたなりの体躯を与えたが、身長は同じくらいになってるだろうに、サンジの四肢は驚くほどに細くて、やっぱり全体的に薄っぺらくて影までもが薄い感じがする。(サンジに影はなかったが)
 いたずら小僧丸出しで煌いていた蒼眼は年月を経て落ち着きと諦観を浮かべるようになり、俺はサンジにちょっとでも寂しそうな顔をされるとそれだけでイラつくようになった。
 なんでそんなツラ見せんだ、俺だけでは不満なのかと理不尽なことを言いたくなっちまう。
 そんな気持ちからつい下らぬ悪態をついてサンジを怒らせて逃げられた晩は最悪だった。
 朝までヒヤヒヤして眠れなくなって、なんで幽霊に振り回されなきゃいけねぇんだと頭の端で憤る反対側ではいつだって、意地悪しちまったことへの後悔があいつの眉毛みてぇにぐるぐる渦巻いてて。
 最後はいつも(サンジが俺を嫌わないといい)と甘えたことを願った。











 食うこと、寝ること、強くなること、サンジと遊ぶこと。
俺がやりたいと思うのはガキの頃はそれくらいだったが、やがて性欲ってのが加わってからは少々厄介なことになった。
 どんな女にも全く気を惹かれないことに気がついたのだ。
誘われるまま悪友どもとの猥談に加わることもあったが、熱っぽく異性やセックスについて語る彼らを俺はどこか冷めた目でしか見れなかった。
 もしかしたら俺ァ不能なのか、そらちっとヤベエだろと思って自分でチンコを触ってみたが、擦れば反応するし出ればそれなりに気持ちよかったので、体に比べてアタマのほうの発育が遅いらしい、なんて自分なりに納得もしていた矢先。
 ある夜サンジが夢に出てきた。
いつもみたいに笑って「よう」と俺に挨拶してきた幽霊は何故か桜の上ではなく、俺の部屋の俺のベッドに腰掛けていて。
 現実では指先すら触れたことのないサンジを抱きしめて、本人にバレたらそれこそ呪い殺されそうなことを、一から十までやりまくった。
 目覚めた俺は母親に隠れて洗面所でパンツを洗いながら、

(遅いんじゃなくて方向性が違ってただけか)

とヘンに安心したもんだ。
 サンジが俺と同じ男で、見たこたねぇが同じチンコがついてるなんてのはハナから気にもならなかった。
 ガキのうちからお化けと付き合っていた俺はちっとばかり常識や倫理観に欠けていたかもしれないが、相手はあの世のもんだから、どの道どんなに触りたくても触れやしねぇ。
 成就することのない想いはある意味タイヘン健全だろう。
 肉のないものに抱く肉欲はしかし際限なく沸いて出て、申し訳ないと思いつつ捌け口を求めた俺は、脳内で動くサンジをオカズにヒトリ寂しく励みはしたが、身代わりにそこらへんの女に手を出す気にはとてもじゃないがなれなかった。
 欲しいのはサンジだけなんだから当たり前だ。










―――しかし相手はどうかというと。
 俺がサンジに対して執着してるよーな、そういう気がまるでねぇってのは、手前勝手な俺にも判っていた。
 癪なことにサンジが俺のところに出るのは、

『花見がしてえから』

それだけなのだ。
 幽霊ってぇのはココロだけで出来てるんだから、万が一にもサンジが俺に惚れてるとか、そんで未練残して成仏出来ねぇとかだったら、多分コイツは年がら年中俺にくっついていたんじゃねぇだろうか。
 コイツにとって俺は悔しいがただの家主でしかないワケで、だから俺は、サンジへのトクベツな気持ちを自覚してからも、それを告げることはせずにいた。
少なくとも死んだときはノーマルだったろうから、ヘタにホモを疑われて警戒されちまったら元も子もない。
 もしサンジが生身の体を持っていたら切羽詰った末のゴーカンくらいのことはやらかしたろうが、実体のないものにどうやって手が出せるだろう。
 ふざけて投げつけた消しゴムですら、あいつの体をすり抜けてしまうのだ。
俺が出来ることはせいぜい幽霊の機嫌を取って、隣人としてつかずはなれずの距離を保つこと。
 そうしたら少なくとも、サンジが桜に執着してる間は彼を独占していられる―――なんて手ぬるいことを考えていたのは一昨年までだったが。
 去年コイツが姿を見せたとき。
俺はついにこのお化けに「好きだ」と告白してやったのだ。





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 (初出2005.03.06/WEB2010.03.06)

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