暴動チャイル 3





 さあ喰え、思う存分喰え!とガラステーブルに並べられた料理。期待していなかった筈のその出来栄えに、思わずゾロは目を剥いた。
 炊き立ての白米に、湯気の立つ人参と油揚げの味噌汁。きゅうりとわかめの酢の物に、高野豆腐と筍の含め煮。メインは大根おろしを添えた絶妙な焦げ具合の秋刀魚の塩焼き。
 一人暮らしをするようになってからは久しく味わうことのなかった家庭料理と旨そうな匂いに引き寄せられ、箸をぐわしっと引っ掴むと夢中でガツガツと貪った。
 猛スピードで箸を動かしていたら、

「美味ェか」

軽い調子で金髪が呟くのが聞こえて、ゾロはようやく真向かいに座る少年を見遣った。
 コンビニ弁当や出来合いの惣菜とは明らかに違うその味わいに、自分でも不思議なことに素直に頷いてしまう。
 それを見て。
ニパッとサンジが笑った。それはもう、嬉しそうに。

(…?…)

その笑顔にビックリした拍子に、ゾロは口に含んだ高野豆腐をんぐっと喉に詰まらせた。
 ごんごん胸元を叩く少年に、「おい落ち着いて食え」なんてサンジはニコニコしたまま、お茶なんか差し出しながら云う。
 なんだか急に胸がざわめいて、ゾロは狼狽を顔に出さないようかなり苦労した。

「さーて、これで貸し借りはナシだな」
「…あ?」
「一宿一飯の恩義って云うダロ。1休憩を1回のメシで返したってコト」
「何だそりゃ。お前アホだな、使い方違うだろ」
「そーか?ってアホ云うなアホが」
「…貸し借り以前の問題だな。大体問答無用でケリ入れやがったくせに、お前まだワビも入れてねえぞ」
「それはテメェの顔面パンチであいこだ」
「ハァ!?勝手なコト云ってんじゃねぇ!」
「あーもううるせえ。ウシロアタマに響くんだよテメェのダミ声はよ」
「―――マジでムカつく野郎だな。どうなってんだお前の脳味噌は…」
「どうなってんのか謎なのはテメェの頭だろ。んでそんなおめでてぇカンジに真緑なんだ」
「ほっとけ生まれつきだ」
「ん〜なんかに似てっぞ…ああアレだ、修学旅行のお土産で貰うやつ!」
「なんだそりゃ」
「マリモだよマリモ!そのつんつんしたトコロなんかまさにマリモそのも」
「お前のその眉毛はどーなんだよ!」
「これはオシャレだ。チャームポイントだ!」
「チャームポイントかよ…」
「っつか腹巻は反則だろ。幾つだテメェ、サバ読んでんだろ」
「…チャームポイントだ」

なんて罵り合う間も、ゾロは箸を止めなかったし、サンジはニタニタ笑い続けていた。
 出会いはサイアクだったが、案外この二人、気が合っているのかも知れない。



 どんぶりに三杯お替りしたゾロの食事が終わると、サンジは当たり前のように食器を下げた。
ここまでしてやるのは勿論この持ち主には分不相応なシステムキッチンに対する礼儀である。あの小部屋を見た限りでも、このマリモが後片付けをしないであろうことは容易に想像がついた。
 ついでにいつのだか解らない油でギトギトになったコンロを磨いてやって。シンク下なんかはカビが生えててそれはもう恐ろしい有様だった。
 料理という繊細な作業を愛し、キッチンという戦場にいたく愛着のあるサンジにとっては見るに耐えないその光景。
 ガーッ!と唸ると風呂場から亀の子ダワシを持ってきてガシガシと擦り始める。
 全てがピカピカになるころには、流石にタフなサンジもぐったりしてしまった。ヘトヘトの体をソファーに投げ出し足を伸ばす。
 ぜえはあ云ってたらゾロがどっかからポン酒の一升瓶なんか取り出してきた。
ガンガン杯をすすめても誰からも止められぬ状況に、大喜びで飲みまくり。
 そこからすっぽり意識がない。文字通り酔い潰れるまで飲み続けた。



 そして朝。
薄汚れたカーテンの隙間から差し込む朝日が目を焼いて、サンジは眩しげに眉を寄せる。

(ありゃー…あのまんま寝ちまったのか)

暦は秋に入ったばかりだが、明け方は流石に冷える。布団から出た肩が寒くて、密接するぬくもりに顔をうずめた。
 あたたかくて気持ちいいそれに鼻先をこすりつけるようにすると、がっちり固い腕が、ぎゅうっとサンジの頭を抱え込む。
 包み込むように抱きしめてくれるその腕と体は、冷え性気味のサンジよりも幾分体温が高めで、とても心地よかった。

「ぐえ」

しかし力がハンパじゃない。あんまりぎゅうぎゅう抱きすくめられて、流石に苦しくなって顔を上げると。
 目の前で、昨晩名付けたマリモ頭が固く目を閉じ大口開けて眠っている。寝惚けた頭が一気に覚醒した。

「へ」

(………×■○%▼〜〜〜〜!!!!!)

ぎっちり抱え込む腕を無理矢理引き剥がし、声にならない悲鳴を上げて飛び上る。拍子に掛けていた布団がさらりと落ち、サンジは己のあられもない姿に卒倒しそうになった。

(―――!)

狼狽しつつベッド下に視線を投げると、飲むまでちゃんと羽織っていたはずの学ランが、何故か床に転がっている。
 ついでにシャツも。その下につけてたヘインズのTシャツも。黒いズボンも、トランクスも。その脇には同様に脱ぎ散らかされたジーパンと白Tと下着らしき布っきれ。
 そして忘れようのない、緑色の腹巻。

(なんで…なんで俺はマッパでマリモ野郎と抱き合ってんだ…)

しかも。
 ゾロまでもまごうことなき全裸である。おまけにマリモの分際でナマイキにもしっかり朝勃ちなんかまでしている。
 二日酔いでガンガン痛む脳細胞をフル回転させても、まるきりさっぱり何がどーなったのかこれっぱかしも記憶がない。

だがこれは。この状況は。
どー考えても。

サンジの脳内を考えたくない単語が過ぎる。

(いわゆる、朝チュン?)

折りしも窓の外ではチチチチ、と小鳥が囀っていた。サンジのただでさえ色素の薄い肌は、一気に蒼白と呼べる状態に。

「…ウ…?」

不意にゾロの口元から唸るような声が発せられ、サンジはびくっと身を竦ませた。
 瞼を下ろしたままのゾロの手が消えたサンジのぬくもりを探すように動き、しばらく宙をさまよった後諦めたようにぼたりとベッドに落とされる。目を覚ます気配はない。
 サンジはほーっと息をつきながら、苦虫を噛み潰したかのような顔で寝入る少年を起こさないように、そろりそろりとベッドを抜け出す。
 ゾロが起きてこの状況を見たら、事態が余計悪化しそうな気がした。
どういう展開になるのか、考えるだけで恐ろしくてしょうがない。
 床に散乱する自分の服を拾い、大慌てで身に着ける。どうしてこうなったのかは解らないが、このままここにいるのはヤバイと本能が告げている。取り合えず今すべきことは只一つ。

(こいつが、起きる前に、とっととバックレる!)

敵前逃亡など生まれてこの方初めてである。
 今までサンジが築いてきたアイデンティティは、「男とラブな一夜を共にする」という有りうべかざる状況の前にあっさり崩壊した。
 そうしてサンジは家主に声も掛けぬまま一目散にその場を逃げ出した。家には戻らずそのまま学校へ向かうルートを辿りながら、容量の少ない頭で一生懸命考える。

(忘れよう)

野良犬に噛まれたとでも思って、忘れてしまえば。

(あいつも俺も酔っ払ってた)

じゃなきゃ男同士で、そんな。



「―――うがぁぁぁぁぁ!!!」

猛スピードで走りながら吼えるその顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。



 その後1時間ばかり走り続けようやく学校に辿りついたサンジは、ハァハァ息をつきながら荒ぶる気持ちのまま朝練真っ最中の剣道場を急襲。
 いざ防具をつけようとする少年達の中に見覚えのある顔を発見すると、問答無用で襲い掛かり意識がなくなるまで蹴り続けた。
 取り合えず半殺しならぬ70パーセント殺しになったくらいで他の部員たちが止めに入ったが、一味であったと思われる彼らにもサンジは容赦手加減いっさいなしの無差別攻撃を加え、しまいには剣道部を全滅に追いやるに至ってようやくその暴走を止めた。
 たまたまその日遅れてやってきた顧問が昏倒する少年達を発見したが、もちろん既にサンジの姿はそこにはない。部員の大半が即病院に運び込まれ、哀れ剣道部は秋季大会どころか退部者続出で廃部の憂き目となった。
 勿論サンジの行いが学校側にバレたらそれはもう大変な不祥事であったが、ただでさえキレまくった犯人のこれ以上の報復を恐れた被害者によって、加害者の名が表沙汰になることがなかったのは救いである。地方紙ではあるが新聞にまで載る大事件となったが結局犯人は捕まらなかった。
 この事件は後に「朝練中白い悪魔に襲われると廃部になる」という都市伝説のひとつとして語り伝えられたというが、その真偽は定かではない。




 そして春。
桜の花びらが舞い落ちる季節、市内の私立高校体育館にサンジは居た。
 新品のブレザーに身を包んだサンジは、幾分不貞腐れた面持ちで入学式に臨んでいる。元々入りたくて入った高校ではないから、不貞腐れるのもしょうがないといえばしょうがない。
 朝チュンのショックから抜けきれなかったのか、それともただ単にオツムが弱かったのか、サンジは第一志望である単願の県立高校にそれはもう見事に不合格を喰らった。
 試験費用と入学金をケチって、滑り止めの私立高校はハナから受験すらしなかったというから身の程知らずにも程がある。
 丁度いいから本格的な料理人の修行を始めたいというサンジの希望は、叔父で目下の保護者であるゼフの一喝一蹴によりあっさり却下され、しょうがなく私立の二次募集にチャレンジし、なんとかギリギリで潜り込んだのだ。
 もし落ちたら勘当を言い渡されていた。将来はゼフの経営するレストランで料理人として働きたいと思っているサンジなので、勘当はなんとしても免れたい。学校はまぁ、行きたくないけどしょうがない。

 来賓の退屈な祝辞を聞きながら、サンジはふあ、と欠伸しながら隣を盗み見た。
名前も知らぬ新たなクラスメイトのその表情は、これから始まる新生活に対する期待に満ち溢れていて、入学式なんかどーでもいいやと思っているサンジにはちょっと座りが悪い。
 隣人と目が合う前に正面に向き直り、

(やってらんねー)

などと心の中で呟いてみる。
 別に高校生活に過大なアコガレを抱いていたわけでも、落ちた県立高校にそれほどの思い入れがあるわけでもなかったが、『我が道を往く』を信条とするサンジには、流されるまま辿りついたかのような今の展開がどうにも悔しくてならない。

(どれもこれも、あのクソ腹巻のせいだぜ畜生ッ)

なんだか悲しくなってきて、もう300回くらい繰り返した台詞を心の中で吐く。続いて激しく自己嫌悪。

(もー二度とあんなガキくせえ真似はしねえ)

ゾロと(文字通り)交わったきっかけは、単純すぎる思考回路を持つ自分にあったとは流石のサンジだって解っている。喧嘩ばっかりして、勇名を馳せすぎたのも良くなかった。
 せめて新天地である高校では目立たぬようひっそり穏やかにと過ごそうと、ここに来るまで幾度となく誓ったことをまた繰り返してみたりする。
 そして、

(早くカワイイ彼女を作って、あんな悪夢とはオサラバだ)

女子の制服がミニスカでかなりカワイイのがなによりの救いだ、とサンジは自分を慰めた。
 私立高校というのは県立のソレよりも校則が厳しくないものなのか、それとも偶々この学校がフランクだったのか。女の子たちは揃いの制服で出せないその個性を髪型やアクセサリーで充分に発揮していた。
 ある意味学生の自己主張と自由選択を尊ぶイイ環境である。知性の向上にはまるきり関係ない気もするが。
 女子に思いを馳せた途端、サンジのしかめっ面がへにゃんと崩れた。
気を取り直して?きょろきょろ女の子を物色する。どの子も大変魅力的でよろしい、とグル眉をだらしなく下げまくった。病的なまでの女好きは相変わらずらしい。

 ふと。

その視界に、一番見たくないものが入った。

「!!!」

右斜めはるか彼方、サンジ同様失敬にも大欠伸かましている少年がいる。
 サンジは青い右目をこれ以上はないってくらいに見開いて、その不遜な人物をジィっと見つめた。驚愕のあまり大きく開かれた口は間抜け極まりない。
 遠目にもまぶしい新緑の頭髪が、集団から頭半分飛び出している。その左耳までもが光をきらきらはじくのは、恐らく三連のピアスをつけているから。

(………嘘、だろ………)

思わずサンジはよろけた。
 腹巻こそ見あたらないものの、約半年間考えまい、思い出すまいと思いつつ、繰り返しうなされる悪夢で繰り返し見てきたその姿。見忘れる筈もない。

「―――なんでテメェがここにいやがる―――ッ!」

その怒声は体育館中に響き渡って、その場全員の注目を集めまくり。
 目立たないという決意も虚しく、サンジ少年は見事入学早々一躍有名人となることに成功した。




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 (2003.02.05)

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